光る朝霧
政治の現在と未来についての感想 7
―――「愛」とプロ意識(承前)
公的意味合いをもつ職業観の始まりを、マックス・ヴェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と
資本主義の精神』(用いたテキストは岩波文庫版 大塚久雄訳)で、こう説明しています:宗教改革
英語で職業を意味する単語・プロフェッション(profession)は、もともと信仰告白のことです。プロ
フェッショナルであるという自覚は、神に割り当てられた(召命)職業的義務をよく果しているという
意識とつながっています。プロテスタンティズムの普及は、資本主義の勃興と同時進行です。ヴェ
ーバーの考えでは、利潤追求を義務とする意識は、「資本主義文化の「社会倫理」に特徴的なも
の(50頁)」でした。そして、初期資本家は、見栄、贅沢、不当な権勢の利用を嫌う禁欲的な理念を
もち、巨万の富を擁しながらそれを自分のためには使うべきではない、という「非合理的な感情」
があった、としています(80・81頁)。もっとも今の(この本の出版は1920年)資本家は、「近代資本
主義が勝利を得て、古い足場から自己を開放した」ので、国家による経済統制を好まず、「教会的
規範」を妨害と感じている(82頁)、という認識を示しています。
現在のアメリカでは、市場規制と社会保障制度充実に反対する新自由主義派経済人と、キリス
ト教原理主義の宗教保守派が手を携えて、茶会運動などを盛り上げ、民衆の保守的感情を組織
しようと躍起になっています。前節の最後に言及したヴェーバーの認識とはちがっているようです
が、別なところで彼はこう言っています。「この宗教的禁欲の力は、現世における財の分配の不平
もともとプロテスタント諸派は「低賃金にもめげない忠実な労働を神は深く悦び給う(359頁)」と考
えていたので、「労働を「天職」と見なすことが近代の労働者の特徴となった(360頁)」と、ヴェーバ
ーは書いています。江戸時代の生産者は、仕事のなかで自分の美意識と技への誇りが満たさ
れ、見る人使う人が喜んでくれれば幸せを感じました。くらしが成り立つ報酬は必要ですが、それ
以上をあえて得られなくても笑って日々をすごせます。来日欧米人の故国では、資本家が天命と
して自信をもって利殖に励み、労働者に支払う賃金の節約に努めています。労働者は、低賃金長
時間労働に耐えて生産性を高めるのがあなた方の天命で、現在の苦しみが天国で報われるのだ
と説かれます。日々の「私ごと」に喜びを求めるのは悪い労働者なのです。
現在のアメリカでキリスト教保守派が執着するのは、儲けては投資する禁欲的な大金持ちと天
命としてつらい労働を引き受ける良い労働者が、「愛」によって結ばれて社会を構成する、古き良
きアメリカの幻想。彼らの目にはオバマ大統領が、その理想の前に立ちはだかる黒い「共産主義
者」に見えるのでしょう。現代アメリカの保守派ほどではないにしても、幕末に来日した欧米人の
多くは、資本主義が栄える自国の文明に自信をもっていたはずです。その文明は、「愛」という公
的倫理と、金儲けと労働を神聖な義務とする社会的イデオロギーが、背景にあって発展したもの
です。彼らは裸と猥褻表現の氾濫する日本に驚き呆れます。しかしその一方で、労働を聖なる義
務とする観念を知らない下層民が、「私ごと」としての仕事で、自発的に美しくかわいらしいものを
生み出し、満足して笑いながらくらしていることに驚嘆しました。今の日本国憲法には「労働の義
務」が掲げられています。(続く)