凍湖

 そらさん、夜の間に10センチほど雪が積もっていました。このあたりでは冬型が緩むと降るようで、今の外気
 
温は-16度です。家のなかにいる限り-23度も-16度もいっしょ。ウチはだいたい23度程度に保たれてい
 
ます。3万円を超す灯油の請求書が届いたときだけは、早く暖かくなればいいと思います。
 
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 1月半ば、凍結が始まって間もないころの湖です。6枚は能取湖。最後の2枚は網走湖です。昨日は能取湖
 
網走湖と同じく真っ白になっていました。
 
 政治の現在と未来についての感想 6
                              ―――「愛」とプロ意識()
 
 もう愛していないから抱いてくれないと考えるより、そそられなくなったから抱いてくれないと考え
 
るほうが。愛していないのを隠すためにやさしくしていると考えるより、やさしくしてくれてラッキー
 
と考えるほうが。愛がないのに打算で結婚したと考えるより、いっしょにいるのだから仲良くしよう
 
と考えるほうが、事態がシンプルで去就の選択が容易なのでは?「愛」の理想は性愛、親和、結
 
婚の三つが完全に重なること。そうでなければ心が満たされないという考えは、明治中期以前の
 
日本になかったと思います。それまでの考え方ではそれぞれが別。どこから二人の仲が始まって
 
もけっきょく三つ重なればベストだけれど、どれか一つでもその領域では満たされていることがで
 
きると、考えていたのではないでしょうか。
 
 性器の接触を望むのが性愛。親和は性愛の相手だけでなく、親子、兄弟姉妹、親族や姻族、知
 
人友人などの、身近な二人の間でも成立します。結婚は性愛や家族・親族などの親和関係安定
 
を目的とする、慣習的または法的な制度です。三つとも特定の二人関係が核になるという点で、
 
広い意味では性的です。中世キリスト教がこの三つを「愛」という観念で無理やり一つに重ねて聖
 
化しました。そして性愛の快を罪として、その源である性的身体を穢れとみなします。キリスト教
 
が国民宗教になり、人々は裸体を人目に晒すことへの恥じらいを心の奥底に刷り込まれます。そ
 
れで性という「私ごと」の世界に公的倫理が介入する道が開かれました。キリスト教圏では、神に
 
「愛」を誓った結婚が、公的な意味合いを帯びます。神への誓いを破るのは罪です。かつて婚外性
 
関係は教会や法廷で裁かれることもありました。今の日本ではやっている「不倫」という言葉に
 
は、かすかにその名残があります。やがて「愛」は、神へ、教会へ、同じ神を信仰する同胞へ、民
 
族へ、国家へ、人類へと拡張されます。兄弟愛、家族愛、隣人愛、ブラザー&シスター、同胞意
 
識、愛国心、人類愛。はては愛社精神(日本だけ?) 、愛校心にまで。
 
 「私ごと」の世界を構成するのは性的関係だけではありません。衣食住の確保にかかわるあれ
 
これ、好奇心・創造力・美的関心にかかわる意識もあります。『逝きし世の面影』の第五章に、江
 
戸時代庶民の美意識について来訪外国人が書き残した文章が引用されています。「江戸の職人
 
は真の芸術家である(222)」。「日本の職人は本能的に美意識を強く持っているので、金銭的に
 
儲かろうが関係なく、彼らの手から作り出されるものはみな美しいのです(223)」。「日本のもっ
 
とも貧しい家庭でさえ、醜いものは皆無だ(225頁)」。「この国においては、ヨーロッパのいかなる
 
国よりも、芸術の享受・趣味が下層階級にまで行きわたっているのだ()」、などなど。
 
 種子を売る包みに描かれた植物の彩色画、質素な昼食に使われる食器類、台所用品、桶や
 
籠、部屋の欄間、手ぬぐいなど、市井の日常生活の隅々まで溢れる美意識を、渡辺さんはこうコ
 
メントします。「現実の苦難を軽減する生活の美化・趣味化が、社会全体の共通感覚になってい
 
たことを意味する。(229230)」。江戸時代だけのことではないようです。縄文土器の美しさは、
 
世界の考古学者に知れ渡っているのだそうです。時には奈良時代まで遡るものを含む、古い建
 
物の屋根裏から、建築に携わった大工の名を記した木片が見つかることがあると、聞いたことが
 
あります。昔から人々は、生活の必要や費えのためにする仕事のなかでも、自分の美的感覚を
 
満たし、技を発揮することに喜びを見出していたにちがいありません。しかしそれは趣味と同じく
 
「私ごと」で、公的な評価の対象とは思わなかったようです。見る人や使う人が喜び楽しんでくれ
 
れば、自分の骨折りや技に対するひそやかな誇りが満たされる、ということ。職人だけではなく農
 
民も、手入れの行き届いた美しい稲田や、四季の花々が咲き緑あざやかな生垣のある庭を眺め
 
て、同じように満足したのでしょう。そういう美しい田園風景にも、来日外国人の賛美の言葉が残
 
されています(同前11章)。それらは来日欧米人にはなじみのない職業観から生まれました。(
 
日に続く)