知床の白い山々

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 11日午後、能取岬から東を望むと、オホーツクブルーの海に知床の白い山々が浮かんでいます。出か

けるまでは、さんざん見たんだからもういいんじゃない、という気持ちもあります。それでも、右手の痺

れ痛みに萎縮して閉じこもる気分を変えたくて、あえて車を走らせました。白い知床も初めてではありま

せんが、それでも今度も引き込まれました。飽きっぽい性質なのに、実際にこの岬を歩いた後で、来るん

じゃなかったと思うことはほとんどありません。


              新しい文明の姿を考える 


(18) 知の民主化(承前)

 職場で序列秩序がなくならないもう一つの理由は、現在ほど経営管理戦略が複雑ではなかった段階で確

立した構造が、いまも存続していることです。産業化初期の社会では、生活必需品をより安くより大量に

供給すれば、確実に利潤を積み上げることができました。規格品の量産には、指揮命令系統を合理化した

官僚制が適応的です。規則を作って実施する幹部は少数でいいから、社会的な上・中層から能力に優れた

ものを選抜し、幹部とそのスタッフに養成すれば足ります。安い賃金で忠実に働く現場作業員は大量に必

要ですので、分厚い下層が存在する社会構造が好都合です。しかし、現場でも文字による指示を徹底

させ、新技術にすばやく適応させられないと、効率が上がりません。基礎教育の普及はだいじです。官僚

制的職場秩序は、社会のピラミッド型階層構造に根を張っていて強固です。

 ところが、必需品市場が飽和に近づき、多様な選好に応える供給をしないと利潤が上がらなくなりまし

た。誰でもほとんど共通性な構造である身体の必要を満たすモノの供給に比べ、多様で変化しやすい脳の

嗜好に応える供給はずっと複雑です。その上グローバル化が進んで、67億人の脳の選好が絡み合って、

これからどんな波が生まれるのか、見通しが不透明になりました。今はもう、規格品の大量生産だけから

得られる利益には、限度が見えてきています。

 わたしはこの評論を海水位が20メートル上昇する可能性への言及から始めています。IPCCとはち

がう予測もあることを示すためでした。日食や太陽系惑星の軌道のように、かなり先まで高い確率で予測

できる事象もあります。経済や社会の動向に比べれば、物理法則に支配される自然現象の方が将来を読み

やすいでしょう。しかし、IPCCが計算に入れていない要素もあり、寒冷化への反転の可能性もゼロで

はなく、今発表されている気温上昇予測はあくまで100%ではない確率です。近い将来ほぼ確実に起き

るとされている東海、東南海、南海大地震についても、発生の正確な日時や規模はわかりません。まし

て、形成過程で多様性を刻印された67億個の脳の錯綜する選好が主役となる社会事象は、どんな賢人に

もスーパーコンピュータにも、予測が困難です。複雑な系の不確定性を意識する人びとが増えるにつれ

て、ピラミッド型の近代官僚組織は、みんなの知的協働を効率的に組織する新しいシステムに、だんだん

に置き換えられていくでしょう。

 確率的にしか予測できず、想定外の事態の可能性もありうる変化に、どう備えるか。防災・減災や社会

システム設計にも、専門家の特定個人やグループの予測に頼るだけではない、新しい発想が必要です。特

定個人やグループの予測には、その立場、育ち・成りたち、私的損得計算などから来るさまざまなバイア

スが作用しています。生物は将来計画ではなく多様性と自然選択で、地球環境の大変動を生き抜いてきま

した。生物の進化戦略をヒト文明に応用すれば、素質、知識、訓練、生活・生育状況の異なる多様な人び

とから提案をつのり、きるだけ多数の人にそのアイデアを評価してもらい、有効と判定されたものを速や

かに普及させる、そういう戦略になります。その前提が知の民主化です。

 知的な営みに参加する人数が多くなって多様性が増すと、諸個人や諸集団のバイアスが互いに打ち消し

あい、あらゆるアイデアが競争に対して対等になります。どうせ取り上げられるはずはないとこれまで発

言する気にならなかった人も参加意欲を刺激されれば、思わぬところから意表をつく発想が飛び出す可能

性が出てきます。生物進化において、自然環境の変化でそれまで他を圧倒する手段であった形質の優位が

取り除かれると、いままで無意味だったり競争で不利だったりした変異のなかから、新しい環境によって

選択されるものが出てくるのと似ています。すでに情報機器の高度化とネットの普及で、知の民主化を実

現する技術的環境は準備されています。

 多様なもののなかから適応的なものが選択されて生き残る、そういうシステムの鍵になるのは競争だと

思います。万人が平等な無競争社会は停滞と滅びへの道です。非正規労働者をすべて正社員にという主張

には、わたしは賛成できません。しかし、予め出発点にハンデキャップのある競争は、不正であるだけで

なく効率化の妨げにもなります。幹部も含め、同じ成果には同じ報酬が与えられ、万人が万人の評価をも

とめ、対等に競い合うことができるシステムが必要だと思います。もちろん、人生で何度か繰り返される

ことになる、職業中心と学習中心のどちらの期間も、最低限度の生活と無償の学習支援を公的に(社会の

共助で)保障した上でのことです。固定的な職場の序列秩序も、生まれや育つ環境で予め決まる格差、す

なわち社的階層秩序も、解体されなければなりません。

 国や自治体の財政収支が悪化し、民間経済も落ち込んで、公務員バッシングが流行しています。失政に

対する選挙民の批判をやわらげたい政権党の政治家や、賃金・就労環境悪化に対する労働者の怒りから逃

げたい民間経済指導者にとって、身分・収入が安定している身近な者への民衆の嫉妬心をあおり、公務員

スケープゴートに仕立て上げることが当面の利益になります。“divide and rule”(分裂させて支配せ

よ)は、昔から権力維持に使われる手段でした。マスメディアには、オピニオンリーダーにふさわしい自

らのグランド・デザインを提示する能力がありません。彼らは結果として政治家や大企業経営者の思惑に

添う方向で、民衆の嫉妬心に媚びる枝葉の記事を発掘して報道します。

 公益より所属部署の私的利益を優先し、地位を濫用する慣習的特権に無自覚な官僚の悪弊は是正されな

ければなりません。しかし、高度社会保障に支えられた内需主導経済への転換が緊急に必要な今、専門知

識があって現場に密着している公務員を意気阻喪させることは、国民の利益に反します。セクショナリズ

ムの排除や綱紀粛正にも、公務員内部からの協力が欠かせません。肝心なのは、全員のイノベーション

促すための、組織機構改革です。公務の現場にも知の民主化が必要です。キャリアーとノンキャリアーの

間の階層秩序は有害です。民間にも及ぶ横の情報交換網を調え、立場から来るバイアスを打ち消しあう透

明な秩序、提案と実施の成果にもとづいて柔軟に組み替えられる秩序を、確立しなくては。

 (続く)