ビート畑に陽が昇る

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 ビート畑が広がる田園の防風林に陽が昇ってきます。作業小屋のガラス窓に赤い太陽が映って輝いてい

ました。


〔新しい文明の姿を考える 〕

(13) 衆愚論と集合知

 情報化の趨勢が社会的に意識された頃から、衆愚政治を危惧する学者や評論家の主張をときどき見聞き

するようになりました。メディアが大衆化して、生半可な情報を得た民衆の感情的反応が政治に影響する

ようになり、国の行方が危うくなった、という類のものです。彼らは政治家や高級官僚の、表には出せな

い本音を代弁しているのかもしれません。大多数の企業幹部も、自分の会社を階層秩序でがっちり固める

ことが好きですから、民衆レベルの知に対する不信を衆愚論者と共有していると思われます。マス・メデ

ィアに発言機会を与えられる学者、名のある評論家、上級官僚、大企業幹部などはたいてい、学校やその

後属した産業社会の組織で成功したエリートたちです。

 同書にこんな表現があります。「CEOを含む多くの人が、創造力は人類のごく一部にしか与えられて

いないと思っている。(だが-引用者)・・・・・ほとんどの人間は、生活の何らかの領域で創造の才を発揮

している。」「歴史の示すところでは、イノベーションは必ずといっていいほど予想外の方面から生まれ

る。友人や家族にはごく普通の人間に見えていた人物から、とかく生まれるのである。」(P.62・3)

「・・・・これら(著者が例に挙げている創造的企業-引用者)の経営管理イノベーターの誰一人として、ビジ

ネススクールで学んではいない。」「私自身の経験から言えるのは、会社の中核的管理プロセスをどのよ

うにつくり変えるべきかというもっとも大胆でもっとも有益なアイデアを持っている人は、おそらく現在

それらのプロセスを運営管理しているひとたちではないだろうということだ。」(P.151)

 アメリカの大手家電小売企業のベストバイで行われた試みが紹介されています(P.295-305)。要約す

るとこうです:会社の専門部門が企画した事業戦略の結果について、一般社員から報償つきで予測を募っ

て集計したら、担当していた専門家たちの予測より精度が高かった。この結果を受け、10万人以上の社

員の意見市場に未来の事象や重要な戦略的決定の結果を予測させることを目的に、社内システムを構築す

る周到な準備が行われている。著者は次のような趣旨のコメントをしています:複雑な事象の予測では、

一人ひとりはわずかな情報しかない多様な人間の集まりの方が、少数の専門家より優れている。それぞれ

の現場にいるからこそ気づくことで、企業の報告システムでは捉えられないことがたくさんある。大勢の

集合は、結果に個人利益が結びつくことから来るバイアスも免れている。

 著者はこんな提案をしています(P.243):企業内で予算の一部を使ってアイディア市場を作る。開発

専門部門の少数より、企業全体に広がる大量の中間管理職のコミュニティーの方が優れた投資決定をする

だろう。同僚による審査委員会で論理的整合性と実現可能性の基本審査をパスすれば、社内企業家たちに

自分のアイディアを売り込み、資金獲得コンテストに参加できる。プロジェクトが成功して経費削減や利

益が実現したらその一部は投資家の予算に返還され、他のアイディアに投資される。

 それ以前はともかく、社会の農業化と産業化が進んでからは、組織にとって重要な判断と決定は、統治

や管理に当たる少数の指導者に委ねられてきました。彼らが決定する前に、圧倒的に数が多い一般構成員

の意向を斟酌することもあるでしょう。その場合でも、決定への一般人の影響は間接的です。代議制民主

政体だと、政治家は選挙でしっぺ返しされるのを避けようとしますから、民衆感情にもなにほどかの力は

あります。それでも選挙民は個々の政策の採否に直接参加できるわけではありません。まして一般社員の

多数意見が経営方針を決定する企業は、あったとしてもごくまれな例外です。

 過去の事例からの類推が有効な時代であれば、情報の乏しい一般人の集団感情より、知識と経験に優れ

た指導者の判断が優先されてもいいのかもしれません。しかしいま情報化が進展し、地球環境の有限性に

突き当たったことで、産業化社会で積み上げられた経験の有効性が疑わしくなっています。自然環境や社

会の未来に不透明な影が濃くなりました。大きな変化が予感され、今後の成り行きにたくさんの不確定要

素がかかわっていることがわかってきています。予測が難しいときには、過去からの類推にもとづく硬直

した計画に賭けるリスクは大きくなります。過去の成功戦略に固執する企業は衰退し、伝統的階層秩序に

こだわる文明は破滅する危険があります。生き残って前進するには、賢い少数指導者に判断を委ねるので

はなく、集合知を活用しなければならない時代が始まっているのだと思います。(続く)