枯れ草光り空にヒコーキ

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 枯れ草に着いた霧氷が朝日に光ります。爆音に気づいて見上げる青空には機影が鮮やかです。これは1

0日ほど前。このところ見応えのある霧氷に出会っていません。暖かいからでしょうか。それでもたいて

いは真冬日でしたが、今日はこれから雪になり、最高気温が+7度の予報です。いやですねー。一度融け

た水が凍って道路がつるつるになるでしょうから。きりっとした冷え込みと明るい日射しが、オホーツク

地方の冬の魅力なのにね。


          新しい文明の姿を考える 

(23) 最終章 その四

 労働のなかで自分が利潤増殖の道具でしかないと感じさせられるから、特権的な地位と収入や、隣人・

同僚よりわずかでも上位にあるという「みせびらかし」に、空しい満足を求めたくなります。家族、恋愛

や性愛、贅沢、バーチャルなつながりなどに、過剰な思い入れをもちます。仕事で稼いで、その稼ぎで家

族を養い、趣味、遊び、ボランティアなど、自分が満足するための活動(この種の活動を自己活動と呼び

ましょう)をする。その両立が賢い生き方、というのが一種の常識になっています。

 仕事のなかで社会とのつながりを確認できる場合には、仕事と自己活動の区別が限りなくあいまいにな

ります。趣味で得た関心や技能、そして遊び心は、イノベーションの源泉です。無給あるいは低額給与で

のボランティア活動や社会奉仕には、危うさが感じられます。仕事なら貢献の承認は収入の形で確認でき

ます。収入という報酬がない分、「自己犠牲」を名誉・名声などで補いたくならないでしょうか。それ

に、生活がかかっていないと、事業を維持活性化するイノベーションに必死になれないこともあると思い

ます。

 『経営の未来』に見られるようなイノベーション企業の例は、平社員でも社会とつながる満足を得られ

る仕事が可能な社会になっていることを示しています。利潤を基準とする資本主義的な自由競争原理の

もとで、社会的に意味のある事業の充実・拡大を競う。それを意識的な目的にする組織や個人が社会の多

数を占めるようになったとき、文明は新しい段階に入ると思います。そのとき、公共的な職業と民間職の

質的な区別がなくなり、温暖化対策、防災・減災、社会保障事業なども、不断のイノベーションを求めら

れる仕事の一部になるでしょう。

 「みせびらかす」欲望に閉じ込められるから、格差に鈍感になります。先進国から始まって、どこでも

多くの人が仕事に社会的意義を求めるようになれば、国内で下層を拡大させる構造への疑問が自然に意識

されるようになります。世界で8億人を超す人々が苦しむ飢餓状態の解決を、自分の仕事に選ぶ人もきっ

と増えます。絶対的貧困から開放される途上国が増えるにつれて、さらに世界中で仕事の新しい意味の共

有が拡大します。

 モノ作りだけでなく、ヒトが個人と子孫の命を全うするために必要なすべての営みが、イノベーション

の対象になり、そこに新しい需要が生まれます。例えば、宇宙と生命をより深く知ろうとするような精神

的欲望からは、新しい人生観や価値観が生まれる可能性があります。人為的温暖化を緩和しようとする努

力からは、新エネルギー開発など、わずかな化石エネルギーを奪い合う社会を一変させる技術の開発が期

待できます。そしてイノベーションは個人の心の開放と能力の開発で前進しますから、競争が展開される

グランドになる生活と学習の基盤を、すべての人に保障することが、社会の義務になります。個人の意欲

を傷害し、特権意識を生むほどの格差は、当然排除されるでしょう。


 利潤に導かれる近代資本主義は、身分制社会末期に産声を上げ、身分制度を葬り去りました。大量の賃

金労働力を組織し、動力機械を駆使して、労働生産性を飛躍的に向上させました。近代科学技術と官僚制

的経営技術が車の両輪です。この段階では利潤目的の経済活動の正当化が、身分制的残滓に対抗する武器

でした。前近代との戦いに決着がつき、わずかな労働力で実用としての衣食住の生産が可能になりまし

た。いまは残余の労働力を選択的需要に対応させることができます。

 選択消費は、必需消費とちがって、モノに付加される情報的価値や情報そのもの、あるいは娯楽・文化

的サービスに向かいます(情報化)。自動機械に筋肉労働を代替させ、価値ある情報を産む知能労働により

多く人を配置しなくてはなりません。意識あるロボットができる(永遠に不可能かもしれません)までは、

ゴミ収集でも建築作業でも、現場で細かく判断する作業員の仕事はなくならないでしょう。ただそういう

仕事でも、単純な反復や大きな筋力を必要とする部分は、機械に置き換えられます。ところが、利潤だけ

を目的にする経済組織は、機械より安く人の筋肉を使えるあいだは、単純・筋肉労働の機械化に熱心にな

りません。そしてその安い賃金が情報消費市場拡大のブレーキになります。

 近代科学は始まってからわずかに300年。それでも進歩が急激に加速されていますから、今後100

0年で生み出されるものは、すでに達成されたものの何百、何千倍にもなると予想できます。核融合、地

球に注ぐ太陽放射の全面的利用、あるいは他の技術で、ヒトがコントロールするエネルギー量はすぐにい

まの1000倍を越すでしょう。これまでの地球生命は、変化を予測するのではなく、遺伝子変異と多様

性に頼り、環境変動に適応した種が生き残って子孫を増やして進化してきました。ヒトは将来を予測して

備えようとする最初の地球生物です。近代科学は夢を抱きました。やがて将来を確実に計算できるように

なるのではと。しかし現代科学は、当時よりはずっと先まで深く見る力を備えて、不確定性や不可知性も

また自然に組み込まれた仕組みであることを理解しました。急激に進む科学と技術を武器に、あいまいさ

の残る予測を前提にして将来に備えることが、これからのヒトの課題です。まちがえばヒトの絶滅もあり

ます。全体利害がかかわってきますから知の民主で、資源としての人知を飛躍させ、合意形成のルールを

確立しなくてはなりません。

 かつて急激な生産性拡大の主役となった、利潤を最終目的とする近代官僚制的経営は、いまや生産性の

更なる飛躍を妨げる要因です。情報消費の面だけでなく、情報生産の面でも、すべての人を主役にする方

向を妨害するからです。情報市場の厚みが増すと、全構成員がイノベーションに使命感を燃やす経済組織

が、飛躍的に成長する可能性が大きくなります。イノベーションを全体化するには、官僚制に代わる事業

経営の民主的な形態を工夫しなくては。官僚制は、権限のピラミッドの上に行くにしたがって、自由な創

造力の行使が少しずつ許容されるシステムです。その全面的な解放は経営トップにだけ許されます。その

結果、膨大な知の可能性が封印されています。日本の教育システムは不合理です。初期教育の段階で一度

みんなの創造性を殺して、それから序列を昇った人に(創造力の源泉が枯れていく年齢で)、その再建を要

求するのですから。全面的な組み替えが必要です。

 事業の社会的意味をめぐる競争は、やがてヒトの全体利益を浮上させると思います。全体利益を前提に

した科学・技術の発展、遊ぶように働く職場、豊かな情報的・文化的消費を可能にするゆとりあるくら

し。今度の世界的な経済の嵐が、そういう新しい文明に向かうターニング・ポイントになることを期待し

たいと思います。いまの不況は利潤追求の自己目的化が頂点に達して起きた災いだったのですから。(終

わり)