カッコウが静寂を深め舟下る

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第一部
 アレキナイ川から釧路川に入ると雨はやむ。カヌーは緩やかな流れに乗って川を下る。蛇行で浅くなっているところでは波が舳先に当たってざわめくものの、たいていは水音がない。水面は緑に白とわずかな茶を混ぜたような深い色で、とろりと鎮まっている。岸辺の木々は緑の影を水に映す。「あっ、かわせみ」の声。わたしは宝石にたとえられるその色彩を見逃してしまった。ときどき○○ツバメ(ガイドさんからきいた名前を忘れた)が、川面を低く掠める。「あそこに丹頂鶴」「どこ、どこ」「ほら、あそこ」「ほんとだ、仔がいる」。鶴の遊ぶ茂みを過ぎてはしゃぐ声が絶えると、深い沈黙の世界。遠く聞こえるカッコウの鳴き声が、いっそう静寂を深めていた。
 「オジロワシも丹頂鶴もキタキツネも見れたし、本当にいい川下りだったわ。」「うん、絶対また来る。」「今日はまだシーズン前だったから、舟もわれわれだけで、天気もこんなだから、あまり警戒しないので近くまで行けたけど、次はどうかわからないですよ。」「でもいい、また来る。」約2時間、9キロの川くだりが終わって、車で塘路湖まで送ってもらう途中で、雨が降り始めた。今度は次の日わたしが美幌に帰り着いてもやむことはなかった。

第二部
      フィンランド・モデルは好きになれますか 6

1 フィンランドの風土と歴史
 (3) 国家ビジョン(承前)
 フィンランドの国家機関は、直接選挙によって選ばれる大統領、議会、議会で選ばれる首相とその下にある内閣、一般法廷および行政法廷の裁判官と、そのすべてを監視するオンブズマンによって指導される。彼らはお互いが、国民の福利をあまねく実現する憲法上の義務を怠ったり、そこから逸脱したりすることがないように、注意深く観察しあう。これが大統領宣誓のもう一つの柱であった憲法と法律を遵守する義務の具体化である。
 他の閣僚は首相が指名するが、司法長官と副司法長官だけは大統領に指名権がある。司法長官はオンブズマンと分担して、司法官の不法行為に対する訴えを裁定する。議会は、立法その他が憲法および国際人権条約と適合するかを審査する憲法委員会を設けるとともに、三人の正副オンブズマンを指名する。オンブズマンは司法官を含む公務担当者が法に従って義務を果たすように、特に基本権、自由権、人権への侵害が行われないように監視する。弾劾裁判所は、最高裁長官の主催で、行政最高裁長官、控訴法廷の三人の上級裁判長、4年任期で議会に指名された五人で構成され、閣僚、司法長官、オンブズマン最高裁および行政最高裁判事の職務上の不法行為に対する弾劾事案を審理する。
 司法長官とオンブズマンは首相や閣僚および大統領の不法行為を摘発できる。反逆、大逆、人道に対する罪などでは、彼らと内閣は、議会に大統領訴追を求めることができる。議会は閣僚の訴追ができる。さらに53条にはレファレンダム(解職請求)が規定されている。こういう憲法上の制度とそれを実現する人々の努力の結果、いまやフィンランドは、世界で最も汚職の少ない国として知られるようになった。
 ここまで見てきた範囲ではフィンランドは、憲法は国民による国家への命令を規定するという、近代憲法の原則に忠実である。第一章の基本条項には、「社会と個人の生活諸条件の発達に参加し、影響を及ぼす」ことは、「民主主義に含まれる個人の権利」と書かれている(第2条)。「責任」ではないのだ。日本国憲法では、「基本的人権は・・・・・・・国民に与えられる。(第11条)」「・・・・・・・国民は、これ(自由及び権利-引用者)を濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。(第12条)」「すべての国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。(第27条)」のように、国民の義務,責任を規定している。さらに、国家機関の逸脱を防ぐ制度的保障は貧弱である。わずかに64条で国会による裁判官の弾劾、81条で最高裁による違憲審査が書かれているだけだ。
 日本国憲法では、統治者の公的義務より、国民統治の根拠が重視されている。オンブズマンやレファレンダムは言葉がないだけでなく、その概念にも触れられていない。それでも飽き足らず、統治者による国民への命令を規定した明治憲法への、あるいは聖徳太子の17条憲法のように、統治者がよしとする道徳を国民に説諭するところまでの、退行を画策する勢力の声が、いま大きく響いている。
(この項続く)