メルヘンの丘 氏と育ち
美幌から網走に向かう国道39号線の中ほどに、「メルヘンの丘」と名づけられたパーキング・スペー
スがあります。同名の道の駅よりわずかに網走寄りのところです。写真はそこからの風景。わたしは見て
いませんが、ここに沈む夕陽は特に美しいと聞きました。
〔氏と育ち〕
中学生のころ理科(高校の生物だったかも)の教科書で、バッハの家系の顔を並べて、いかにたくさんの
音楽家が排出したか強調する文を見た記憶がある。遺伝子を説明する項だ。ガキはたわいないもので、す
ぐれた業績は遺伝的才能によると、しっかり刷り込まれてしまった。K.マルクスにおぼれていた大学生
のころは、針が180度逆に振れて、育ちが人を決めると思い込んだ。その後脳科学や認知科学系の読み
物に多く目を通すようになり、遺伝子と環境の関係をもっと詳しく考えるようになった。
この前「日経サイエンス」06年11月号で、P.E.ロスの「チェス名人に隠された才能の秘密」と
いう記事を読んだ。(怠けて未読の号が積みあがり、いまようやく去年の11月号までたどり着いた。)
氏と育ちにかかわるこの記事なかで、わたしは次の三つの論点に興味を引かれた。記事からその要点を抜
き出してみる。
まず、「天才はつくられる」という主張。「生まれつきの才能を重視する考え方・・・・を裏付ける確固と
した証拠はないのだ。」「圧倒的多数の心理学研究が、達人はつくられるものであって生まれつきではな
いことを示している。」次は、ではどういう方法で「つくられる」のかについて。「そのヒトの能力をわ
ずかに超えたところでチャレンジを繰り返す」、「適切なトレーニング」による、「長期間」(10年)の
「厳しい訓練」によって。しろうとは、はじめは努力して訓練に専念しても、ある程度のところで気がゆ
るんでしまい、専門的なレベルまで行かない。三点目として、必要な訓練は多大な努力を要する厳しいも
のだから、「動機づけ」が重要になる。プロサッカー選手は、同期にユース・リーグに入団した子どもの
中で、最も早く生まれているケースが多い。体格や力が優位だったから、より多く試合で成功し、それが
「サッカー上達のモチべーションとなったに違いない。」「成功はさらに成功を呼ぶ。」
バッハの家系で成功する音楽家が多かったのは、音楽への動機付けを強化する環境と適切な訓練のノウ
ハウが受け継がれていたから、という可能性もある。わたしの昔の教科書が、この可能性を否定する研究
にもとづいて書かれたとは思えない。よく耳にする「血は争えない」のような俗論を、遺伝子という一見
科学的な言葉で表現しただけだろう。教科書が根拠のない偏見を流布させることもある。
脳科学や認知科学が進歩して、氏と育ちの問題も根拠をもとに論じられるようになってきた。だが、心
理学研究の結果はほとんどが統計的な処理から得られている。同期の仲間より有利な体力で野球を始め、
適切なトレーニングに10年耐えれば、成功する確率が高いとは言えても、必ず松坂やイチローのような
プレヤーになれる、とは言えない。成功の確率を高めたり低めたりする遺伝子セットの不在を証明する研
究報告はないと思う。とはいえ、エキスパートとして大成するには、ハードで長期の適切な訓練と、それ
に耐える強いモチベーションが必要だという限りでは、ロスの主張は、わたしの個人的経験・観察や知識
に照らして同意できる。
スポーツやゲームのような競技では、成功体験が有効な動機づけになるだろう。だが学問や文学・美術
などのように、勝敗(成功)とは別な動機が必要な分野もある。「勉強」のモチベーションを強化するノウ
ハウの定式化は、これからの教育科学が取り組むべき重要課題の一つである。もちろん、それぞれの「適
切なトレーニング」メニューの開発は、競技だけでなくどの分野の教育・訓練でも求められている。
スがあります。同名の道の駅よりわずかに網走寄りのところです。写真はそこからの風景。わたしは見て
いませんが、ここに沈む夕陽は特に美しいと聞きました。
〔氏と育ち〕
中学生のころ理科(高校の生物だったかも)の教科書で、バッハの家系の顔を並べて、いかにたくさんの
音楽家が排出したか強調する文を見た記憶がある。遺伝子を説明する項だ。ガキはたわいないもので、す
ぐれた業績は遺伝的才能によると、しっかり刷り込まれてしまった。K.マルクスにおぼれていた大学生
のころは、針が180度逆に振れて、育ちが人を決めると思い込んだ。その後脳科学や認知科学系の読み
物に多く目を通すようになり、遺伝子と環境の関係をもっと詳しく考えるようになった。
この前「日経サイエンス」06年11月号で、P.E.ロスの「チェス名人に隠された才能の秘密」と
いう記事を読んだ。(怠けて未読の号が積みあがり、いまようやく去年の11月号までたどり着いた。)
氏と育ちにかかわるこの記事なかで、わたしは次の三つの論点に興味を引かれた。記事からその要点を抜
き出してみる。
まず、「天才はつくられる」という主張。「生まれつきの才能を重視する考え方・・・・を裏付ける確固と
した証拠はないのだ。」「圧倒的多数の心理学研究が、達人はつくられるものであって生まれつきではな
いことを示している。」次は、ではどういう方法で「つくられる」のかについて。「そのヒトの能力をわ
ずかに超えたところでチャレンジを繰り返す」、「適切なトレーニング」による、「長期間」(10年)の
「厳しい訓練」によって。しろうとは、はじめは努力して訓練に専念しても、ある程度のところで気がゆ
るんでしまい、専門的なレベルまで行かない。三点目として、必要な訓練は多大な努力を要する厳しいも
のだから、「動機づけ」が重要になる。プロサッカー選手は、同期にユース・リーグに入団した子どもの
中で、最も早く生まれているケースが多い。体格や力が優位だったから、より多く試合で成功し、それが
「サッカー上達のモチべーションとなったに違いない。」「成功はさらに成功を呼ぶ。」
バッハの家系で成功する音楽家が多かったのは、音楽への動機付けを強化する環境と適切な訓練のノウ
ハウが受け継がれていたから、という可能性もある。わたしの昔の教科書が、この可能性を否定する研究
にもとづいて書かれたとは思えない。よく耳にする「血は争えない」のような俗論を、遺伝子という一見
科学的な言葉で表現しただけだろう。教科書が根拠のない偏見を流布させることもある。
脳科学や認知科学が進歩して、氏と育ちの問題も根拠をもとに論じられるようになってきた。だが、心
理学研究の結果はほとんどが統計的な処理から得られている。同期の仲間より有利な体力で野球を始め、
適切なトレーニングに10年耐えれば、成功する確率が高いとは言えても、必ず松坂やイチローのような
プレヤーになれる、とは言えない。成功の確率を高めたり低めたりする遺伝子セットの不在を証明する研
究報告はないと思う。とはいえ、エキスパートとして大成するには、ハードで長期の適切な訓練と、それ
に耐える強いモチベーションが必要だという限りでは、ロスの主張は、わたしの個人的経験・観察や知識
に照らして同意できる。
スポーツやゲームのような競技では、成功体験が有効な動機づけになるだろう。だが学問や文学・美術
などのように、勝敗(成功)とは別な動機が必要な分野もある。「勉強」のモチベーションを強化するノウ
ハウの定式化は、これからの教育科学が取り組むべき重要課題の一つである。もちろん、それぞれの「適
切なトレーニング」メニューの開発は、競技だけでなくどの分野の教育・訓練でも求められている。