久しぶりに歴史小説を楽しんでいます

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 元旦の雪片と風景のつづきです。


 久しぶりに手ごたえのある歴史小説を楽しんでいます。藤沢周平の『義民が駆ける』(中央公論新社)で

す。題材は天保11年(1840年)に荘内藩(山形県)で実際にあった転封阻止一揆

 天保期には、タテマエとしての武家統治=農本主義と、関西雄藩をはじめ各地で広がっていた農村手工

業および実力をつけた商人資本の主導する実体経済との矛盾が、抜き差しならないところまできていまし

た。さらに欧米諸国の艦船の頻繁な渡来に、武家・知識人の一部が危機感を強めています。そのうえ、各

地で飢饉が生じ、おびただしい数の貧民が餓死。一揆も頻発していました。

 その時期に、荘内二郡の藩主であった家康以来の名門酒井家が、実質石高が三分の一になる越後長岡へ

の転地を命じられたことが発端です。安土桃山時代以降、城下町に集められた武士団と、自存自営の農村

は分離され、村役を通じて税と統治だけで結びつく関係になっていました。荘内藩と農村は、この時代ま

れに見る良好な関係にあって、飢饉でも餓死者を出さずに来ています。それが、閨閥と賄賂で家斉に取り

入った川越藩が、豊かな荘内の地を狙ったため、酒井家が幕府から転封を命じられたのです。

 得られるものすべてをもって長岡に移ろうとする旧来の藩と、やってくる貪欲な新しい藩との二重

の、苛烈な収奪を予想した農民たちが、首謀者の刑死を覚悟で幕府に越訴に及んだ事件でした。藤沢周平

はこの事件を、農民のしたたかな生存意欲と藩への愛着の感情、藩政に深く食い込んでいた富豪の本間家

の計算、権勢欲の強い水野忠邦を中心とする幕府内の勢力争い、江戸の大名家の世論、などに目配りしな

がら、見事な小説にまとめ上げました。この事件の27年後に徳川慶喜が朝廷に大政を奉還することにな

ります。

 「万世一系」は特別な家系だけのことではありません。わたしたちすべてが、悠久の昔から親から子へ

営々と命を繋いできた結果として、いま生きています。一部の渡来人が武力でこの国の宗主を名乗ったこ

とがあるのかもしれません。わたしたちの多くは、少なくとも1万年はさかのぼることのできる縄文人

子孫です。万世の命を繋ぎ伝えるために、無名の祖先がさまざまな時代に、くらしのためのしたたかな闘

いを展開して、いまのわたしたちの命があります。公家や武家の権力争奪戦は、名も残さずに命だけ繋い

で世を去った民衆の大河のような歴史に浮かぶうたかたです。そういうことを感じさせてくれる歴史小説

が、わたしは好きです。