『万葉集』は好き、「17条憲法」は嫌い

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 yayoiさん、コメントありがとう。

 ネロリさん、クリスマス・ツリーのイルミネイションきれいですね。

 中学生のころから『万葉集』が好きで、人麻呂の長歌や有馬の皇子・額田王の短歌などずいぶん暗記し

ました。表現されている喜びや哀しみの形は、日本人の情緒のひとつの源流ではないでしょうか。たいし

て時代はちがわないのに、聖徳太子の「17条憲法」は嫌いです。このあいだ図書館で『日本書紀』を借り

て、17条全部読み返したのですが、改めていやだと思いました。

 要するに太子は、公(おかみー天皇)とお上の定めた上位者への服従と忠誠を、そして下々には慈しみを

という、それまでの日本人になじみがなかった外来の儒教道徳を説いているのですね。中大兄(なかのお

おえー天智天皇)や大海(おおあまー天武天皇)は、『万葉集』では額田王をめぐる恋愛関係など、おおら

かな情緒の対象です。でも政治の世界では、専制権力の奪取、強化をめぐって血なまぐさい抗争を繰り返

し、大友の皇子や有馬の皇子などを殺害しています。

 詩歌にあらわれたものと、政治思想・政治行動にあらわれたものとが、背反しているようで、わたしの

気持ちのなかでしっくりしません。万葉詩歌は、縄文時代からこの時期まで約一万年の列島住民の、海面

下にある氷山のようにどっしりした生活感情が、言語という海面上に顔を覗かせた突端。17条憲法はこれ

以後現代までの、約千五百年間の支配者層に受け継がれてきた国家主義思想のはじまり。当時の上層階級

の人々には、両方が同居していたということなのかなとも思います。

 「愛国心」を叫ぶ人たちのいう「伝統」はどちらのことでしょう。この国の歴史を重視するというな

ら、国家より約七倍長く継続している生活者の歴史に注目してほしいと思います。わたしはの「愛国」は

国家という公(お上)より、仲間である国民に向かいます。