強度低下の神経生理

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 写真はびほろ霊園の彩です。

 老いによる内発的なものの強度低下を考えていて、15年ほど前に読んだ本のことを思い出した。『環境が脳を変える』(マリアン・クリーヴス・ダイアモンド著 井上昌次・河野栄子訳 どうぶつ社)である。この本は刺激の多い豊かな環境におかれたラットと、刺激の乏しい貧しい環境におかれたラットで、脳にどういうちがいが出るかを実験した報告である。
 どの年齢でも、豊かな環境に置かれたほうが大脳皮質が厚くなった。そのとき神経細胞樹状突起の側枝の数が増えて長くなり、膜の厚さが増加したという。樹状突起というのは、神経細胞本体から伸びる根毛みたいな形の線維で、その表面には伝わってきた刺激を受容する端末が分布している。おもしろいのは、豊かな環境による樹状突起の成長が、年齢によって線維のちがう部位でおきる、という報告だ。若年ラットでは細胞本体に近い根元部分で側枝や膜が発達し、高齢ラットでは細胞体から遠い終末部分で側枝や膜が発達したと書かれている。
 脳の情報伝達はデジタルではなくアナログである。0か1かではなく、受容した信号の強度によって細胞体が発火するかどうかが決まる。発火しなければ情報はそこで消え、次々に発火すれば情報が高次の脳や筋肉に伝わって反応が起きる。たくさんの受容体が入力を受ければ、それだけ細胞体に入る信号が強くなる。樹状突起が発達すると、入ってくる刺激に敏感になるということだ。
 根元部分の線維は近くの神経細胞と連絡していて、終末部分の線維は左右のちがう脳半球や遠くの脳領域と連絡しているという。脳では同じ種類の神経細胞が集まって小さな領域をたくさん作っている。近傍からの入力が多くなれば、ある特定の信号の強度が増幅されて直接発火を促すことになる。刺激の源は同じでも、ちがう半球や遠い領域を経過する信号は、途中で消える確率が高くなるだろう。消えずに届く信号は、より多くの情報処理を経ているから、それだけ複雑になっている。
 若者が直情径行的で、年寄りはあれこれ考えて果断が乏しくなる。若者が敏感で激情に駆られて短慮な行動をしやすく、年寄りは思慮深いが鈍く行動力がない。そういう一般的な傾向が神経生理から説明できそうではないか。ヒトの生理は進化の産物だから、ヒトが自然選択を生き残るのに、若者と高齢者のこの役割分担が何かの役割を果たしたのかもしれない。