フィンランド・モデルは好きになれますか 39

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第一部
 嵐の翌朝の公園です。なかっはずの池が出現し、木々が風に傾いています。この日のフリーペーパーに避難所の写真が載っていて、わたしが毛布のなかに寝転んで本を読んでいるところもばっちり写っていました。

第二部
         フィンランド・モデルは好きになれますか 39

  5 課題

 (3) 絶望と希望(承前)

反グローバリズムの空しさ〕
 グローバルな経済格差が解消されれば、世界の緊張は自然に緩和される。アラブ過激派や、左翼・排外主義右翼テロリストは、彼らを隠す人間の森を失う。国家指導者には無法を行う口実がなくなる。フィンランドの指導者も、息せき切って国民を情報化・効率化に駆り立てたりせずに、一人ひとりがそれぞれのペースでゆっくり進むのを見守る余裕をもつことができる。
 ビンラディンは、欧米が富の独占を放棄して、貧しい人々に手を差し伸べることはありえないという、絶望の上に教義を組み立てている。反グローバリズム信奉者のなかには、コングロマリットは貧しい人々の血と汗を搾り取って成長するとか、これ以上の科学技術の進歩は人の心の安らぎを奪うとか、考える人が多いのではないだろうか。だれかが豊かになればだれかが貧しくなるというゼロサム・ゲームの感覚や、昔の人のほうが心豊かだったという懐古的反進歩主義思想は、単純でわかりやすいだけに先進国の悲観主義者の心にもなじみやすい。だが、科学が進歩して人は不幸になったとか、格差解消は富者の財を削ることで、実現不可能だとかいう絶望に、現実的な根拠はあるのだろうか。
 すぐれた専門家の説明には、ものごとを覆っていた霧を晴らし、わたしたちの視界を開いてくれるような力がある。『貧困の終焉』(ジェフリー・サックス 早川書房 鈴木主税野中邦子訳)はそのひとつだ。著者は国際開発の第一人者といわれ、国連ミレニアム・プロジェクトの責任者を勤めた。彼は2025年までに11億人の絶対的貧困を解消し、世界のすべての地域で近代的経済成長への歩みを促進できるとして、そのプログラムを提示している。彼の中心テーマにはこの稿では触れない(格差を主題とした次稿で扱うことになるだろう)。ここでは、同書第二章の一部、人類の経済成長を概観した部分と、第一章の、バングラディシュのアパレル工場で働く若い女性たちから始まる部分だけを、わたしの勝手な要約で紹介する。
 貧困は、極度の貧困(絶対的貧困)、中程度の貧困、相対的貧困の三つに分けられる。極度の貧困は、生存に最低限必要なものが得られない状態である。長期の餓えで苦しみ、必要な医療が受けられず、安全な飲料水や衛生設備も、生活必需品の衣服や靴もなく、住む場所は必要最低限の条件を満たさず、子どもは満足な教育を受けられない。極度の貧困は開発途上国にしか存在しない。01年の該当者はおよそ11億人。93%が東アジア、南アジア、サハラ以南のアフリカの三地域に集中している。1981年に比べると、東アジアでは人口の58%から15%に急落し、南アジアでも減っているが、アフリカでは増えていて、人口のほぼ半分が該当する。ラテンアメリカは人口の10%であまり変化していない。
 中程度の貧困は、基本的な要求は満たされているが、少しも余裕のないぎりぎりの状態である。該当者は16億人。その87%が東アジア、南アジア、サハラ以南のアフリカに住む。極度の貧困が減ったアジアの両地域で、中程度の貧困が増えている。ラテンアメリカは人口の15%で横ばいのまま。東アジアとラテンアメリカは今後10年くらいで中程度の貧困から脱却できると考えられる。相対的貧困は一家の収入がその国の平均より低い状態。高所得国の相対的貧困層は、文化的商品、娯楽、レクリエーション、上質な医療と教育などで、上位層が享受する水準から排除されている。
 歴史が始まってから1820年ころまでは、ヨーロッパ、インド、中国、日本など、世界のあらゆる地域で、人口のほとんどが農村でくらし、ごく少数の支配者や大地主を除くと、ほぼ全員が極度の貧困であった。人口は紀元一年には2.3億人、1800年ころは9億人で、約四倍になるのに1800年かかっている。21世紀初頭は61億人だから、ここ200年で約7倍に増えた。1820年から2000年までに一人当たりの平均所得は、世界全体では9倍ほどに、西ヨーロッパでは15倍に、アメリカでは25倍になった。この間、食糧総生産は人口増を上回って伸び、人口増と労働生産性向上により世界総生産(GWP)は49倍になった。それ以前は世界中どこでも大差なく貧しかったのに、今では全人類の六分の一が高所得、三分の二が中所得、残りの六分の一が極度の貧困である。1820年代から始まった科学技術による近代的経済成長は地域によって不均等だった。他の地域から搾取して一部の地域が豊かになったのではない。世界総生産が急伸した200年ほどの間、一部地域だけが突出した成長率を維持した結果である。いまアジアとラテンアメリカの一部がそれに続こうとしている。
 (この項続く)