網走川原にカラスが群れて

イメージ 1

イメージ 2

 写真は美幌の町を流れる網走川の河原です。

 東京と近郊都市でくらして50年、それでもわたしは田舎者のままだった。美幌に来て半年あまりが過ぎ、今になってはっきりわかった。海でもいい、平野でも山でもいい、わたしは大きな風景が好き。ラッシュの電車。肩をぶつけ合う喧騒の街路。ビルの隙間から見える空のかけら。50兩茲濃覲Δ鬚気┐る隣家の壁。建物でちぎられた田畑の上に広がるどんよりかすむ空。そういう環境に50年も耐えていられたことが今では信じられない。自分でもはっきり気がつかないまま、そういう風景に気持ちがよどんでいて、亡き妻にも迷惑をかけた。たぶん仕事や身の回りの付き合いや観念の世界に自閉して、空や地や水の広がりを心から締め出していたから、生きられた。
 息が詰まりそうになると旅に出た。旅の終わりにきまって不機嫌になったのは、わたしの無意識が都会の閉ざされた世界を嫌っていたから。それでも当時は、田舎に移ろうとは考えなかった。少年期をすごした山間の家から見た風景はいつも郷愁を誘ったが、川から天秤で水を入れて薪を焚く風呂、4ヶ月続く日に二回の雪ほり・雪踏み、そして何より妄執が粘りつくような人の付き合い、そういうくらしの記憶が伴っていたから。
 京都より奈良が好き。会津の町より南会津の山。札幌は素通りして大雪へ。旅はいつもそうだった。奥深い山懐(ふところ)、人気(ひとけ)ない岬、広漠とした原野の片隅、そういうところで気の合う少数の人と睦みくらす。それがわたしの無意識の理想だったのだろう。暑さ寒さが嫌いで、農事・薪割りはつらい。それでも独りで生きることになったら、大きな風景のなかに隠遁したかもしれない。だれかがいたから街にとどまった。
 美幌のくらしは、テレビ・ネット・図書館・ガス・水道・断熱暖房・花と畑・コンビニ・スーパーが付いていて、草木に風渡り鳥や蝶が遊びせせらぎが聞こえる川岸はすぐそこ。少し車を駆れば海や湖、深い森や花園がある。設備とサービスの行き届いた宿に滞在して大きな景色を旅するようなもの。だけど、街の喧騒、ディスコに喫茶、しゃれた酒場やブティックがないとだめな都会人には勧められない。することがなければ日がな一日、水平線の先からうねってきて砕ける波や、刻々色を変える山や空を眺めて、飽きることない人ならば、怠け者でもだいじょうぶ。