フィンランド・モデルは好きになれますか 21
第一部
市街中心近くの小山の山頂に紋別公園があります。大山ほどではないのですが、ここからもオホーツク海や紋別港はよく見えます。公園に上る車道でオオワシが目の前を横切り、下るときもまた現れました。どこかこの辺に巣があるのかもしれません。写真を撮れなかったのが残念です。載せたのは公園で撮った風景と、その隣の幼稚園に咲いていたノリウツギ(糊空木)の花です。
第二部
フィンランド・モデルは好きになれますか 21
3 フィンランド人の精神生活
(1)社会のなかの個人(承前)
〔フィンランドの公と日本の公〕
もう一度ニエメラの発言に戻る。「(日本ではー引用者)学校教育の中にPTAが非常に大きな役割を果たしていたし、親は積極的に子どもの教育に参加していたと感じていた。(中略)フィンランド人はすべて先生にお任せという点で、先生は圧迫感がないと同時に親からの支えもない。親は学校内のことをあまり知らないし、興味もないような気がする。」
ニエメラとちがう意見も見ある。川崎一彦は書いている()。「フィンランドでは、家庭、保護者との連携は特に重視されている。(中略)保護者と教師の会合は頻繁に開催され、保護者は大きな発言権をもっている。」彼はある同国在住日本人の次の発言を紹介する。「今年8月に長女が小学校に入学するが、学校説明会で、始業時刻を何時にするかについて、校長先生が保護者と相談し始めたのには驚いた」。さらに川崎は言う。教師と保護者の面談に父親が来ることが多く、日本とちがって学校活動での父親不在は許されない。「企業など雇用者も、子どもの学校での懇談会などを理由に従業員が早退などすることは当然の義務として受容している。」
読売新聞記者・西島徹のフィンランド人家族へのインタビューも同じ資料にある。父親は学校委員会の委員をしたことのある男性で、母親は現役教師である。父親によると、親の代表と教師の代表で構成される学校委員会は、教師や校長の採用に意見を述べる権利があり、新規採用教師の面接には校長と運営委員会の会長が当たる。母親は、自分たちの子どもの頃といまで教育がちがってきたかという質問に、こう答えている。「私たちが子どもだった時代は、授業は教師が中心になって行われ、教師は神のような存在だった。いまは役割が変わってきて、子どもの意見を聞き、ニーズに配慮しながらやっているのが大きな違いだ。」
ニエメラは強くなる個人主義に懸念を感じているため、PTAにも見られる「日本人の共同意識」を肯定的に評価する。フィンランドでの「個人主義」への懸念には、二つの面があるようだ。一つは個人としての個人の内面を支える共同的なものが希薄化して、個人の孤立感が深まること。この点については後に論じる。もう一つは、高福祉を支える高負担に不満がつのるのでは、という恐れだ。いわば、かの国の公の基盤が侵食される心配である。日本の保守主義者の「個人主義」や「行き過ぎた自由」への批判は、公の基盤への影響を憂えるものに、ほぼ限られる。この点だけはニエメラとも重なりそうだが、「公」の中身がちがう。
フィンランド憲法や教育に見られる「公」の核心は、原理的に同格な諸個人に、公平で平等な出発点を保障し、その上で活発な自由競争を促す、この原理を護ることが全国民の義務、というものだ。政党間に、保障と競争のどちらにより多く予算を配分すべきかをめぐる対立はある。また、主として移民増加への危機感から原理的同格を否定する、極右系の勢力もある。だが、どちらも、少なくともいまは、憲法を変えて公の原則を組み替える、というところまでは大きくなっていない。
日本国憲法は、国防以外では、フィンランドと同じで公平・平等と自由を原則とする。だが、保守系の人々は、精神的には天皇を頂点に、庇護と被護、権威と服従の秩序が万民の間にいきわたることを理想としている。その精神の集大成がかれらの「公」なのである。それをめざして改憲の準備を進めている。平等・自由原則と序列的な「和」の原理はけして両立しないのに、どちらも捨てられない。前者を放棄したら国際的な先進国社会のメンバーとは認められない。そして、後者の原理は日本の社会ではいまでも有効なことを彼らは知っている。
ニエメラにはPTAは教師を親が支える頼もしい集まりに見えた。PTA会長の地位を議員に立候補する足がかりにする人もいるとか、他に機会のない主婦が社会的場面で指導的な役割を経験する場になることがあるとか、教育行政や学校当局の対外活動を肩代わりするPTAもあるとかは、きっと彼に見えていない。公と私の境界域で日本的序列感覚が微妙に作用して、「やりがい」を感じる人がいるから、無関心な親が大多数でも、PTAはかろうじて存続している。日本のPTAには、文科省―都道府県教育委員会―市町村教育委員会―学校管理者―教師という、たて系列の末端に連なって、公私のあいまいな地位を利して私的領域に干渉するところがある。
90年代以後のフィンランドでは、教育に対する国の管理統制権のほとんどが地方団体へ、さらには校長と教師へと委譲された。教師たちが、国や自治体から自由に決定できる領域が拡大され、専門家としての結果責任を厳しく問われるようになった。そのため、彼らの職務権限の範囲内で、親やその代表と協議して決定する公的な機会が設けられた。教育行政への親の参与が、仕事や投票と同じような公共性を認められるようになったから、会社も親の教育参加に配慮するのである。親と教師の協議は対等な立場での、職務上の関係である。個人としての教師を情緒的に支えたり、公的な立場から口にしにくい役人の心情を代弁したりするものではない。
(この項続く)
市街中心近くの小山の山頂に紋別公園があります。大山ほどではないのですが、ここからもオホーツク海や紋別港はよく見えます。公園に上る車道でオオワシが目の前を横切り、下るときもまた現れました。どこかこの辺に巣があるのかもしれません。写真を撮れなかったのが残念です。載せたのは公園で撮った風景と、その隣の幼稚園に咲いていたノリウツギ(糊空木)の花です。
第二部
フィンランド・モデルは好きになれますか 21
3 フィンランド人の精神生活
(1)社会のなかの個人(承前)
〔フィンランドの公と日本の公〕
もう一度ニエメラの発言に戻る。「(日本ではー引用者)学校教育の中にPTAが非常に大きな役割を果たしていたし、親は積極的に子どもの教育に参加していたと感じていた。(中略)フィンランド人はすべて先生にお任せという点で、先生は圧迫感がないと同時に親からの支えもない。親は学校内のことをあまり知らないし、興味もないような気がする。」
ニエメラとちがう意見も見ある。川崎一彦は書いている()。「フィンランドでは、家庭、保護者との連携は特に重視されている。(中略)保護者と教師の会合は頻繁に開催され、保護者は大きな発言権をもっている。」彼はある同国在住日本人の次の発言を紹介する。「今年8月に長女が小学校に入学するが、学校説明会で、始業時刻を何時にするかについて、校長先生が保護者と相談し始めたのには驚いた」。さらに川崎は言う。教師と保護者の面談に父親が来ることが多く、日本とちがって学校活動での父親不在は許されない。「企業など雇用者も、子どもの学校での懇談会などを理由に従業員が早退などすることは当然の義務として受容している。」
読売新聞記者・西島徹のフィンランド人家族へのインタビューも同じ資料にある。父親は学校委員会の委員をしたことのある男性で、母親は現役教師である。父親によると、親の代表と教師の代表で構成される学校委員会は、教師や校長の採用に意見を述べる権利があり、新規採用教師の面接には校長と運営委員会の会長が当たる。母親は、自分たちの子どもの頃といまで教育がちがってきたかという質問に、こう答えている。「私たちが子どもだった時代は、授業は教師が中心になって行われ、教師は神のような存在だった。いまは役割が変わってきて、子どもの意見を聞き、ニーズに配慮しながらやっているのが大きな違いだ。」
ニエメラは強くなる個人主義に懸念を感じているため、PTAにも見られる「日本人の共同意識」を肯定的に評価する。フィンランドでの「個人主義」への懸念には、二つの面があるようだ。一つは個人としての個人の内面を支える共同的なものが希薄化して、個人の孤立感が深まること。この点については後に論じる。もう一つは、高福祉を支える高負担に不満がつのるのでは、という恐れだ。いわば、かの国の公の基盤が侵食される心配である。日本の保守主義者の「個人主義」や「行き過ぎた自由」への批判は、公の基盤への影響を憂えるものに、ほぼ限られる。この点だけはニエメラとも重なりそうだが、「公」の中身がちがう。
フィンランド憲法や教育に見られる「公」の核心は、原理的に同格な諸個人に、公平で平等な出発点を保障し、その上で活発な自由競争を促す、この原理を護ることが全国民の義務、というものだ。政党間に、保障と競争のどちらにより多く予算を配分すべきかをめぐる対立はある。また、主として移民増加への危機感から原理的同格を否定する、極右系の勢力もある。だが、どちらも、少なくともいまは、憲法を変えて公の原則を組み替える、というところまでは大きくなっていない。
日本国憲法は、国防以外では、フィンランドと同じで公平・平等と自由を原則とする。だが、保守系の人々は、精神的には天皇を頂点に、庇護と被護、権威と服従の秩序が万民の間にいきわたることを理想としている。その精神の集大成がかれらの「公」なのである。それをめざして改憲の準備を進めている。平等・自由原則と序列的な「和」の原理はけして両立しないのに、どちらも捨てられない。前者を放棄したら国際的な先進国社会のメンバーとは認められない。そして、後者の原理は日本の社会ではいまでも有効なことを彼らは知っている。
ニエメラにはPTAは教師を親が支える頼もしい集まりに見えた。PTA会長の地位を議員に立候補する足がかりにする人もいるとか、他に機会のない主婦が社会的場面で指導的な役割を経験する場になることがあるとか、教育行政や学校当局の対外活動を肩代わりするPTAもあるとかは、きっと彼に見えていない。公と私の境界域で日本的序列感覚が微妙に作用して、「やりがい」を感じる人がいるから、無関心な親が大多数でも、PTAはかろうじて存続している。日本のPTAには、文科省―都道府県教育委員会―市町村教育委員会―学校管理者―教師という、たて系列の末端に連なって、公私のあいまいな地位を利して私的領域に干渉するところがある。
90年代以後のフィンランドでは、教育に対する国の管理統制権のほとんどが地方団体へ、さらには校長と教師へと委譲された。教師たちが、国や自治体から自由に決定できる領域が拡大され、専門家としての結果責任を厳しく問われるようになった。そのため、彼らの職務権限の範囲内で、親やその代表と協議して決定する公的な機会が設けられた。教育行政への親の参与が、仕事や投票と同じような公共性を認められるようになったから、会社も親の教育参加に配慮するのである。親と教師の協議は対等な立場での、職務上の関係である。個人としての教師を情緒的に支えたり、公的な立場から口にしにくい役人の心情を代弁したりするものではない。
(この項続く)