北の森春めいて
平安初期の東北大地震
いう推定がありました。当時青森など東北最北部はエミシの領域で朝廷の行政が及んで
いませんから、その地域を含めれば死者はもっと多いかもしれません。900年の東北(陸
ょうか。09年の統計で東北6県の人口は合計で944万人、犠牲者数を2万人と仮定
すると0.2パーセント強です。千百余年の間隔で似たような大地震が起きたことにな
ります。
今回の災害報道では「予想もしなかった」「想定以上」などの言葉をよく見ます。し
かしこの地域でのプレート境界型大地震はほぼ千年おきに発生するとされていたとか。
そして古文書には、割合とすれば今回と同じ程度の死者が記録されています。わたしの
ような素人でもこの二つを知っていれば、今回のような事態を予測したでしょう。原発
建設の前に学識豊かな専門家がリスク評価していたはずなのに、なぜ「予想もしなかっ
た」とか「想定以上」とかといまさら言われるのか、納得がいきません。そして地震・
津波に対しても、直前予知=事前退避という誤った路線に惑わされず、大地に刻まれた
記録や古文書などで過去を精査していれば、もっとましな防災計画が立てられていたで
しょう。
で、人口を減らし山野が荒廃していました。追い討ちをかけるような869年の大災害で
す。中央政府はせいぜい税を減免するだけで、今のような全国的・国際的な復興支援
はなかったでしょう。それでも彼らは自助自立の気概を失うことなく、たくましい復
興を遂げます。奥州藤原氏の時代には、あのきらびやかな文化を支えられるほどの力
をつけていました。