堤から見た朝焼け
が鮮やかになる季節です。よく晴れて晩秋よりむしろ明るい印象の日が多くなります。でも陽光に誘われ
て軽装で飛び出したりすると、耳が千切れそうになったり、突然吹雪きに見舞われたりもしますから、油
断はできません。
リクエストしていた中井久夫さんの『臨床瑣談』が図書館に入り、手に取りました。断続的に読み続け
ていた経済や社会関係の固い本の口直しのつもりでしたが、すぐ引き込まれ一気に読み通してしまいまし
た。中井さんは、現役時代に統合失調症の第一人者と呼ばれた精神科医で、詩や随筆の著作や翻訳にも優
れた作品があります。前からこの人の本を読むのは、いくつもあるわたしの楽しみのなかでベスト5に入
ることでした。今回もその思いを再確認しました。興味あるテーマが複数ありますので、しばらくは時折
紹介します。今日はその一つ目。
埼玉にいたころ、欝(うつ)傾向のある人に精神科医を紹介したことがあります。その人は処方された薬
が効かず副作用があると、わたしたちに訴えました。医者の方は、訴えられている副作用が出るはずのな
い薬だ、と言います。この食い違いは何かもやもやしたものをわたしの気持ちに残していました。今回中
井さんの本でプラセボー(偽薬)効果について語られているのを読んで、腑に落ちるところがあります。
わたしはいままでプラセボー効果を、実態のない思い込みの一種と軽視していましたが、ちがうみたい
です。「抗精神病薬はプラセボー効果が30パーセントで純粋の薬効はそれに10パーセントを上積みし
たものにすぎない」、という言い方があるのだそうです。プラセボー効果は人工衛星打ち上げに使われる
第一段ロケットのようなもので、短時間で馬力が大きい。軌道に近づいて噴射する次の段階のロケット
は、小エネルギーですむのに似ている、ということのようです。
患者側に「薬ごときに動かされてたまるか」という気持ちがあっても不思議ではない。漢方薬は漢方を
信頼していない医者が出しても効かないという、などと中井さんは言います。薬の服用にまつわる不安を
予め緩和しておくことで、プラセボー効果を利用すると考えているようです。身体検査、薬の説明、処方
箋の渡し方、好悪両方での薬の効果を見極めるための次回診察日の相談・設定、不測の事態の緊急連絡方
などで、初診のときの不安を減殺する、としています。
先のケースでは、プラセボー効果が出なかったか悪い方に出たかしていたのでしょうか。