老後の贅沢な日々(続)
年寄りの一人暮らしはさびしいっていうイメージがあるけど、あまり実感がない。テニスコートに出かければ仲間に入れてもらえる。今度移住のとき世話になった町の人が何人かで飲みに来てくれることになっている。北海道はパークゴルフが盛んだ。美幌でやらないと肩身が狭くなるかも。写真のように、川岸の芝生でボールや人と戯れて、みんな楽しそうだ。いまはほかにやりたいことが多すぎるけど、入れてもらえば知り合いも増えるだろう。わたしをおいて逝った妻や兄や妹たちのことを思うと泣きたくなる。でも最近は思い出す日が少なくなった。
経済的に豊かだったからこんなぜいたくな老後が可能になったというわけじゃない。学生のころから、そんなことをしていたら歳とって泣きを見るよといわれるような生き方をしてきた。妻のおかげもあるけど、暮らしのためにいやな仕事をずっと我慢するなんてしなかった。だからいま定収入は国民年金だけだ。入院保険料、介護・健康保険料や光熱費を払えばなくなるような額でしかない。それでも、埼玉の家を処分したものとこちらの家を買ったものとの差額をつましく使えば、なんとかなる。よくみんなは「先のことを考えて」って言う。子どもには、大人になったときにちゃんと就職できるように勉強しろ。青年には、いい家庭を持てるように辛抱して働け。壮年には、妻子のことを考えてガンバレ。高齢者には、足腰が利かなくなったときに困らないように働き続けて蓄えろ、って。寝付いた老人には、「高いお布施を払っていい戒名をつけてもらうために、いまはむだ遣いするな」って言うのかな。
働き盛りの若い人には「毎日が日曜日」の気ままな暮らしはむり。ザマーミロ。だけど、彼らがわたしの歳になったとき、こんなぜいたくはできそうもない。それに、経済的に移住が可能だったのは、都市と地方で地価に格差があったから。はじめからここに居て国民年金だけだったら、こうはいかない。わたしは格差の恩恵を受けたけど、格差に苦しむ人は増えている。足腰が利かないのに、十分な介護を受けられない人もいる。それを思うと後ろめたい。だから、屁のつぱりにもならない自己満足だけど、それしかできないから、やっぱり第二部もがんばらなくちゃ。