霧ともや

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 6月1日の屈斜路湖は霧の下に沈んでいました。標高947mの津別峠展望台からは、このところ連日屈斜路
 
湖上空を覆いつくす雲海が見られるそうです。それに比べたら上の写真は迫力がイマイチかも。雪が融けて津
 
別峠が開通したのは5月29日。道内、特にオホーツク海地方は5月が例年にない低温だったので、この日付も
 
いつもより遅いのかな。
 
 裸の耕地から上がる白いもやも4月の雪解け期によく見られます。6月に入ってからというのはあまり記憶にあ
 
りません。朝陽を受けて暖かくなりはじめた黒い土とまだ冷たい外気の温度差から生まれる現象でしょうね。白
 
いもやが立つと黒ずんだ土の色が際立ちます。雑草の緑が見えないのはよく耕されているからでしょうか。狭い
 
庭や家周りで毎日しぶとい雑草と格闘しているわたしとしては、なんだかうらやましいような。
 
 北国でもこのあたりなら、さまざまな植物がはびこり、長い年月の間に植生が移り変わるのが本来の自然で
 
す。人は食料生産を始めて以後、耕地を囲い込んで必死で野生植物の侵食を食い止めようとしてきました。今
 
はトラクターの他に農薬の助けも借りているのでしょうか。狩猟採取は自然の流れに沿って、自然の一部として
 
生きて死ぬ人々の営みです。食料生産を基盤とする文明によって、人は自然の外部に身を置いて、自然から自
 
分たちを防御し、自然を攻める存在になりました。
 
 わたしも庭の草取りをして作物を植えたりせず、茂るに任せてそのなかから食べられる草を摘むことにしたら、
 
いまよりもっと幸せになれるかも。でも庭の野草だけでは足りないから、野菜を買わなければなりません。それ
 
に、近所の人の顰蹙を買って孤立してしまうでしょう。思えば文明はその始まりから、自然経済を幸せに生きる人
 
たちを嫌って、攻めて服従させ、労働に従事させようとしてきたのですね。