縄文の心―ムダの効用 12

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健さん、わたしとちょうど5歳ちがいですね。こちらは比較的暖かく、雪が舞ったり陽が照ったりして

います。


 タムラ、北海道の狩猟採集生活者は、本州で本格的な武家政権が成立するころまで、頑強に水稲栽培を

拒んで、階層社会化に抵抗していたようです。


              〔ムダの効用 12〕


 縄文の心

 北海道の通年観光客数はここ10年ほど減少の一途です。しかし冬の来訪者は増加しているところがい

くつかあります。小樽市はその一つです。アイスキャンドルの幻想的な光に照らされる雪景色が人気を呼

んで、ここ数年冬の観光客数が右肩上がりとか。

 道内ほとんどの自治体に、観光ビジネスは盛り上げたいけれど、対策に回す予算が乏しくて思うように

いない、という嘆きがあると思います。ところが小樽市のケースは、それほど費用がかかっていないよう

です。市民が創意工夫してアイスキャンドルを作ります。始まりは数地区だったのに今は増えて90に達

したと、NHKテレビの道内番組で語られていました。

 お金をもうけるビジネスでしかないのなら、関連業界や自治体関係者以外、あまり身を乗り出すことは

ないでしょう。地元のイベントでも、主催者と見物人、言い換えればもてなす側ともてなされる側に、役

割が分離して固定されていれば、その効果はたいてい一過性です。めったにそこから新しい芽は育ちませ

ん。ところが小樽の催しでは、住民の役割は見るだけではありません。作ることにも参加します。それが

楽しいからさまざまなアイディアが生まれ、毎年変化するからリピターが増えて、評判にもなる。地元の

人は作り手の目でも見るから、他人の作品にも興味が増す。熱心に見てもらえるからますます工夫する。

そういういい循環が、観光客数の右肩上がりになって現れたのだと思います。

 冒頭の写真を見てください。なんとなく子どもの粘土遊びを思わせるところがありませんか。稚拙だと

いうことではなくて、遊び心が感じられるということです。1枚と2枚目は縄文前期の土器です。紐状の

ものを押し当てて模様を付けながら、交差しないように、傾かないで並行になるように注意しています。

棒か何かで押して凹んだ点を並べるときには、同じ大きさの穴が等間隔になるようにと、気を使ったでし

ょう。努力した作業なら、出来ばえが気になります。

 3枚目は縄文中期、4枚目は同じく晩期のものです。松本武彦によると、縄文土器の美しさは、考古学

者の間で世界的に有名だそうです(『進化考古学の大冒険』新潮選書 72頁)5,6枚目は続縄文期、7枚

目は擦文文化期です。7枚とも網走郷土博物館で撮りました。だんだん模様の複雑さが増して、形が整っ

てきています。毎年アイスキャンドルを作っている小樽市民は、去年はバケツで凍らせたけれども、今年

は形の変わったものを使おうとか、並べ方をもっとおもしろくしようとか、競い合って作品を洗練させる

でしょう。

 階層化以前には、「競う」という意識がなかったようです(後の章で再考します)から、前の世代と同じ

ものを作ろうとしたと思います。そのため、普及する地域は広がったり狭まったりしても、考古学者が〇

〇様式と命名する、似たような意匠の土器が何百年も続くことになります。それでも作るのは機械ではな

く人です。新奇性を狙わなくても、まったく同じ出来になることはありません。交易で新しいものが流入

して、様式が変わることもあるでしょう。でも、作り手・使い手がより美しいと思う微細な差が長い年月

にわたって蓄積し、別な様式に変化することもあったと思います。

 作る、使う、比べて味わう。これらが固定的な分業ではなく、集団の中で役割を交換しながら楽しむ営

みであれば、近年のように生産性とかコストとか、やかましく言われることはないはずです。ムダを省い

て作業の効率を上げようというのは、土器を作る縄文人にも、アイスキャンドルを作る小樽市民にも、無

縁な思考だと思います。

 前章で「縄文時代はまた非実用の道具を発達させた時代」という言葉を紹介しました。道内縄文遺跡で

は、モノ送りや動物送りの痕跡、祭祀施設跡、乳房で特徴付けられた埴輪、男性性器をかたどった石棒、

動物を意匠した骨角器、後産(胞衣)の埋設、環壕遺跡、環状列石、周提墓など、実用目的とは思えない遺

物、遺構がいろいろ発見されています(前掲の『新北海道の古代1』参照)。「作る」目的は、直接衣食住

にかかわる実用性以外の精神的満足にも広がっています。縄文人の「作る、使う」作業には、小樽市民の

アイスキャンドルと同じく、美意識を満足させ、ともに楽しみながら互いのつながりを再確認する意味も

あったと思います。

 わたしたちとちがうもう一つのホモ属、ネアンデルターレンシス(30万年前から3万年前)には、埋葬

を示す遺跡があります。旧石器時代の現生人類(20万年前から)に属するクロマニヨン人は、洞窟壁画

(3万年前から)でよく知られています。北海道の後期旧石器遺跡からも、飾り玉、垂飾、顔料が見つかり

ました。実用やもうけ以外に精神的満足を求めるのは、少なくとも上記二つのホモ・サピエンスには、共

通な本質のようです。(続く)