雪の浜辺を馬が行く 死の起源

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 網走から車で数分南下すると鱒浦海岸です。海産物市場や食堂に観光バスが立ち寄るパーキングスペー

スがあります。一週間前、わたしがここに車を置いて浜に下り、海に漂う氷を撮っていたとき、馬に乗っ

た3人の女性が辺りを見回しながらやって来て折り返し、ゆっくり網走方向に戻って行きました。近くの

牧場が営む観光乗馬のコースになっているようです。


                〔死の起源〕


 何かで「生き物は死に物、生きていれば必ず死ぬ」という意味の文を見た記憶があります。その当時は

「確かにそうだ」と納得しましたが、今はそうではないと思っています。分裂でクローン個体に分かれて

増殖する単細胞生物は不老不死です。ひとつの個体から分裂した二つの個体は、どちらも分裂前と同じ遺

伝子と細胞質の記憶(情報)を保持しているので、前の個体が死んだわけではありません。種の滅亡はあっ

ても個体の死はないと言えます。多細胞生物はクローン生殖でも不老不死にはなりません。わたしの細胞

のゲノムでクローン・ベビーを作ったとしても、わたしの記憶をもったまま若返って再成長するのとはち

がいます。二人の一卵性双生児はどんなに似ていても別人格です。

 高橋尚之さんは「日経サイエンス」09年4月号の「人間の由来と病気」と題した記事で、死の起源を

多細胞生物が誕生した17億年ほど前としています。「多細胞生物では生殖細胞は親から子へ、孫へと引

き継がれていく不老不死の細胞系列だが、体細胞は一代限りのものだ」と。記事で紹介されている老化と

死の仕組みに関する説明のなかから、テロメア説、有害突然変異蓄積説、ガンを取り上げてみます。

 まずテロメア説。多細胞生物の遺伝子は染色体に収められています。その末端にあるテロメアが細胞分

裂のたびに短くなって、やがて染色体の構造が維持されなくなることが、老化の原因だという説です。バ

クテリアのDNAは環状に集まっていて末端がありません。わたしは別なところで、クローン羊のドリー

が短命だったのは、短くなったテロメアをもつ細胞からのクローンだったからという説明を見ました。生

殖細胞以外の細胞ではテロメアが再生することはないようです。i-PS細胞はこの点を解決しているの

でしょうか。

 次は有害突然変異蓄積説。細胞分裂のたびにDNA転写のミスが蓄積されて、有害な突然変異のために

細胞の機能が衰えるというものです。高橋さんは多細胞生物にとっては、細胞間の接着やコミュニケーシ

ョンという連携機能の衰えも深刻だと考えています。別な本で知りましたが、細胞の接着物質コラーゲン

を生産する能力が低下すると、さまざまな病気が発するようです。脳は細胞間や臓器間の遠隔コミュニケ

ーションのセンターです。脳の血管障害やベータアミロイド沈着で、身体機能も知能も衰えます。バクテ

リアはわたしたちの細胞よりずっと短い時間で頻繁に分裂を重ねるのに、転写ミスの蓄積による機能劣化

は起きていないようです。一つ一つの細胞が独立しているので自然淘汰が働き、有害な変異が除去される

からでしょう。

 単細胞のバクテリアは環境条件に応じて繁殖します。環境が変われば、新しい環境に有利な遺伝子を予

めもっていたり突然変異で獲得したりした系統のバクテリアが増えます。個体は無秩序に増殖し、変異と

自然淘汰で個体数が調節されるだけです。ところが、細胞は多細胞生物個体として集まると、初めから無

秩序な増殖が許されなくなります。それぞれの細胞が、予定された機能につながる遺伝子を予定されたタ

イミングで活性化させ、予定された数に達したら増殖をやめるように、厳密にコントロールされます。こ

のコントロールが傷害され、細胞群の一部が無秩序に増殖するのがガンです。ガン遺伝子、ガン抑制遺伝

子などたくさんのガン関連遺伝子は、多細胞化と同じ古い起源をもつと、高橋さんは考えています。

 単細胞生物として独立している間は不老不死でした。多細胞生物の誕生とともに、個体と個体を構成す

る細胞の死が始まります。死は、すべての生物の運命なのではなく、多細胞化が起源です。そこから始ま

る進化のはてにわたしたちは高度な意識をもつ生物になりました。死がなければ意識もなかったでしょ

う。意識から生まれたわたしたちの文化は、個体死を越える連続性があります。バクテリアの細胞記憶が

連続しているように。