夢幻のなかに 2

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 霧氷幻想の続きです。白く広がる端正な世界に意識が溶け込むような感覚。冬山登山をした人なら覚え

があるのではないでしょうか。関東にいたときは、電車とバスを乗り継ぎ、重いリュックを背負ってのき

ついラッセルの末に得られる、希少な機会でした。ここでは、-15度の冷気の中に飛び出す気になりさ

えすれば、容易に体験できます。なんて贅沢なこと!


              新しい文明の姿を考える 

(21) 最終章 その二

 日本がアメリカにも遅れをとった理由を、野口悠紀雄はこう説明します。


  このように組織で一定以上の地位に昇ったものは、「情報の整理」という問題について考える必要が

 なくなる。その半面で、その地位まで昇っていない人々は、上司の情報整理のアシスタントとしてこき

 使われる。それで手一杯になるから、第6章で述べた「IT時代において本来必要とされる知的作業」

 (すなわち「問題の設定」「仮説の構築」「モデルの活用」)に時間を割く余裕はなくなる。ひたすら上

 司の指示にしたがって、ルーチンワークの処理に取り組まざるを得なくなるのだ。


  言葉は悪いが、彼らは「知的労働における奴隷」である。彼らをコストなしで使えるなら、ITを積

 極的に導入する意欲はわかない。これが日本の大組織の本質である。
                                         278・9頁


  第一に、年功序列の雇用体制の下では、創造的な仕事をするインセンティブは少ない。オリジナリテ

 ィのあるものを生み出しても、組織内で評価されることは少ないからだ。そして、自由な発想に基づく

 活動よりは、規則遵守が評価される。これは大量生産型製造業に適した就業形態であり、創造的な知的

 労働には向いていない。後者のために適した就業形態は、小規模の自営業や、組織と柔軟な関係で結ば

 れるフリーランスだ。

 (中略)
  ITに対する不適合は、年功序列制によってさらに強められる。この仕組みでは、年齢の高い人が組

 織の管理者であり、意思決定者になる。ところが、ITは過去二十年間程度の比較的短い期間に急速に

 進展した技術なので、年長者はそれに比較優位を持っていない。だから、ITの利用が組織内で必須に

 なればなるほど、年長者には不利な状況になる。したがって、IT化を積極的に進めようとするインセ

 ンティブを持たない。(後略)

 (中略)
  よく言われるように、日本社会は同質だ。二十世紀型の経済活動においては、全員が組織人としての

 活動を要求され、軍隊のように動くことが要請されたから、同質性が強みだった。しかし、二十一世紀

 型の技術体系の下では、それが最大の弱点になってしまう。

 だから変化が必要である。ただし、変化をチャンスに転化するためには、条件がある。最重要項目は、

「皆と同じことはしない」こと(むしろ、必要に応じて逆方向に動くこと)だ。(後略)                                                 286-8頁


  だから、現在の状態を変える必要がある。「空気を読む人」ではなく、「革新する人」が正当に認め

 られる組織になるだろうか?新しいアイディアにリワードが与えられるような組織が誕生するだろう

 か?「問題設定」と「仮説構築」、そして「モデル活用」の能力によって個人が評価されるような組織

 に変わりうるだろうか?そうした構造に日本の組織がなりうるか否かが、将来に向かう日本の経路を規

 定するだろう。これは革命以外の何ものでもない。革命によって一掃すべき対象は、つぎのとおりであ

 る。


  無能な経営者、退職金を手にするまでは組織が安泰であって欲しい(それ以降はどうなってもよい)と

 願う人々、KY回避しか考えない若者たち、派閥活動にのみ精を出し、ひたすらゴマをすって組織の階

 段を昇ろうとする人々、権威主義にこり固まった学者、エセ改革者(「改革」と叫ぶだけで実は旧体制

 を温存した人々)、そしてそのエピゴーネンたち。                                                                                                              294・5頁                                                                                          
 『構造改革論の誤解』には日本的システムを説明する次のような表現があります:日本企業では「上か

ら下まですべてがゼネラリストであり、スペシャリストはいない。またそのコミュニケーション過程にお

いて重要なのも、フォーマルな交渉よりもインフォーマルな接触(帰りがけの一杯など)である。」「日本

では中間管理職は・・・・・仕事へのインセンティブを与えるみせびらかしの(conspicuous)効果をともなう

「ヴェブレン財」として機能してきた。」「人よりも高い役職に就く可能性それ自体が、働き手に仕事の

やる気をもたらすと考えるのである。」「日本における中間管理職は、「みせびらかし効果」の要素を多

分に含むので、その職階と能力とが一義的にリンクしてはいない。」「IT化が・・・・・サラリーマンの雇

用構造を急激に変えることにはならない。」(150-152頁)

 そして年功序列制については:「年功序列制は、年齢によるわずかな昇給ないし職務の差を利用するこ

とで、サラリーマンたちの労働意欲を引き出してきた。」「換言すれば、サラリーマンたちはこのわずか

な格差に狂おしいほどの魅力を感じて勤労に努めてきたといえよう。」「サラリーマンたちは他方で、年

齢相応の「みせびらかし効果」が半ば自動的に確保されるという信頼に基づいて、企業に忠誠を尽くして

きた。」「「悪しきリストラ」は、短期的な利益の確保には役立つが、「みせびらかし効果」を通じた労

働者の勤労意欲を徹底的に削ぐことで、長期的にはマイナスの効果を与える可能性を持つ」(157・1

58頁)

 以上はトヨタがGMより強い理由を精確に説明していると思います。同時に、野口悠紀雄が説くところ

と重ねると、説明されている日本的システムは、創造的な知性を窒息させるので、知能産業に適応してい

ないこともわかります。日本的システムへの順応を教育する学校も同じです。アメリカの学校では、独創

性や知識を活用する力が大きく評価されるので、日本のような集団への馴化を求め知識を暗記させる圧力

は弱いと言われます (例えば、岩波「科学」09年1月号 伊藤由佳里) 。

 それでも、アメリカの一般的な知能産業がGM型企業の後退を補えないのはなぜでしょうか。知能労働

を担うキャリアーは社会層上昇が仕事の主な動機です。寄付による奨学金が日本より多いので、基礎教育

の段階から成績が際立っていれば、貧しい家庭からでも専門職に入る道はあります。しかし、知的な刺激

が乏しく意欲を励まされることのない子ども期を過ごせば、成人後に機会を逃しやすくなります。その結

果、合法性に問題があったり言葉が不自由だったりする移住者、それに格差に沈んでしまったスラムの住

民などの多くが、下層に滞留します。

 さらに、中層の中心であったブルーカラー層の分解があります。これまでの安定した地位に馴れた製造

業の熟練工のなかには、子弟に競争の激しい知能労働を勧める熱意が乏しい人も多いでしょう。ところが

米国内の従来型製造業は、情報化に伴う消費構造の変化と、労賃の安い途上国の追い上げで、衰退してい

ます。下層に沈む労働者が増えました。公的社会保障に否定的な新自由主義政策の効果もあって、197

0年代から中間層の分解と下層の肥大が加速されていました。

 『不健康が健康を損なう』(イチロー・カワチ ブルース・P・ケネディ 社会疫学研究会訳 日本評

論社刊)にこう書かれています。


  (前略)1960年代半ばでは、アメリカ企業のCEO(最高経営責任者)の所得と平均的な生産労働者

 との賃金との比率は39対1であった。これが97年では、30年間にわたって緩やかに経済が成長し

 たにもかかわらず、CEOと労働者とのあいだの所得比率は254対1にまで拡大した。(後略) 5頁


  (前略)1947年から73年にかけてのアメリカでは、どんな経済状態にある世帯もが所得増を享受

 し、その中でも貧困層の世帯の所得増加率がもっとも著しかった。

 しかし1973年からのアメリカ経済において、財産所得と労働所得の双方で急激な格差拡大がみられ

 るようになってきた。(中略)77年から99年のあいだに、高所得層にあたる第5分位の富裕世帯の平

 均的な税引後所得は43%増加した。これとは対照的に、中間層にあたる第3分位の世帯所得は、同じ

 22年のあいだに平均して8%しか増加していない。(中略)さらに、もっとも貧しい第1分位の世帯所

 得はというと、9%も減少しているのである。(中略)しかし、頂点にある上位1%のもっとも裕福な世

 帯の所得は、インフレ調整後でもなんと115%も上昇しているのだ。 19頁


 富が少数の上層に集中し、相対的に貧しい中層と下層が増えれば、大衆的消費は伸びません。それによ

る停滞を回避するため、アメリカは以前より下の層にまで信用を拡大し、住宅需要を刺激しました。高率

の利子配当を約束して国外から資金を集め、それを梃子に住宅価値を高騰させて、さらに信用を拡大し、

実質収入以上の消費をあおりました。その結果が金融バブルの破綻です。IT技術ではリードしながら、

従来型の知能産業拡大が壁に突き当たったのも、中間層がやせ細って情報消費が貧しくなっていたからだ

と思います。ハリウッドの低迷にも現れているように、消費の幅が狭くなって文化の活力が失われていた

のです。 (続く)