青い海白い知床
新しい文明の姿を考える
(19) 構造改革とは何か
アメリカ発の金融危機が収まる兆しはなく、世界的な大不況が危惧されています。そのためもあって、
いま日本では、利潤を目的とする企業活動と、格差を拡大する新自由主義政策への批判の声が、にわかに
大きく響くようになりました。そして、「構造改革」を大合唱していた政財界とマスメディアの多くが、
過去の主張を自己批判もせず、構革を棚上げにする金融緩和・財政出動論に乗り換えています。彼らのこ
の節操のなさはどこから来るのでしょう。
もともと人生を賭けるほどの理論的主張や信念をもっていたわけではない。対抗勢力を出し抜いて有利
な地位を獲得するために、米英で大流行した潮流に乗っただけ。血肉になった思想ではないから、気軽に
転向できる。そうとでも考えないと、これだけの無節操、無恥は理解できそうもありません。
そもそも構造改革の目的は、企業経営を効率化して労働生産性を高め、商品供給能力を向上させること
です。その核心がこれまで述べてきた経営管理イノベーションであり、特に日本では序列秩序打破が重要
だと思います。したがって主役は企業であって政府ではありません。ここでの政府の役割は裏方です。改
革の障害となる規制の撤廃・緩和、改革に伴う痛みを緩和するセーフティーネットの構築、新しい労働力
需要に対応する教育の実現です。企業の経営管理改革と、それを裏から支える政府の活動は、好不況の波
と無関係に継続・拡大されなければなりません。
ここで明確にしておくべきことがあります。構造改革=商品供給能力向上は、直ちに経済状態改善に結
びつくものではないということです。生産は消費需要がなければ実現しません。供給能力を稼動させるの
は需要です。構革では政府は裏方ですが、供給能力と均衡するところまで総需要を刺激するのは、日銀を
含む政府の役割です。個別企業は消費総需要の伸縮には、できるだけ機敏に対応することしかできませ
ん。あくまで受身です。総需要を刺激したり抑制したりして、供給能力に対して過不足が生じないように
安定させるのが、財政金融政策の役割です。この点での政府日銀の相次ぐ失政が、「失われた10年」と
その後の低成長、そしてその結果としての巨額な財政赤字の元凶です。需要調整政策の施行は時間の勝負
です。時を失すると泥沼です。現在もまた同じ失敗が繰り返されそうな気配です。歴代自民党内閣のこの
失政を省みず、構造改革で景気がよくなるという幻想を振りまいたのが小泉政権です。繰り返しになりま
すが、マクロ経済に関しては、企業イノベーションは、将来にむけて重要であるとはいえ、現在の状態改
善には無力です。規制緩和で景気がよくなることはありません。逆に需要が上向いて、政府が裏方の仕事
をちゃんとすれば、企業はイノベーションを進めやすくなります。不況は改革の余裕をなくさせますか
ら、イノベーションの足を引っ張ります。(この段落の論旨は野口旭・田中秀臣著 東洋経済新報社刊の
『構造改革の誤解』に多く負っています。ただし、わたしが反対する小さな政府が主張されている、公的
社会保障制度の総需要拡大効果への言及がほとんどないなど、この書にはいくつか不満もあります。)
わたしは企業間・企業内の競争の基準が利潤であることは不都合ではないと考えています。利潤は事業
拡大とイノベーションの原資になるからです。しかし、事業目的が利潤で、働く目的が他人に優越する収
入である文明は、ターニング・ポイントを迎えていると思います。(最終章に続く)