唐松黄葉




や道路並木として植えられたていたり、公園や畑の隅に2,3本立っていたりします。他の季節はさまざ
まな緑にまぎれ、特に目を引くことはありません。広葉樹の彩が消えた後で黄褐色が陽に照らされている
ときだけ、自己主張が強くなります。
“Sex and the City”というアメリカのテレビドラマが、8月に連夜まとめて放送され、先月から再び
週一で8、9話ずつ再放送されています。以前からタイトルを目にする機会が多かったのでどんなものか
と、8月に一部を録画しました。急いで全部見たいと思うほどには惹かれませんでしたが、どこか引っか
かるものがあって、前に録画しなかった回を今度の放送で少しずつ見ています。
主人公は30台から40台はじめまでの、コラムニスト、広告業経営者、弁護士、画廊責任者で、それ
ぞれ自活能力のある4人の女性です。毎回のテーマは彼女たちの友人関係と、お互いあけすけに話し合う
セックスライフ。時々ぼかしは入りますが、エロ・シーンが売りのアダルト用ではありません。
語られる女性たちの本音(何が自分のホントの気持ちなのかは本人も迷う)にリアリティーが感じられる
ことが、わたしが見続ける理由でしょう。揺れる心の支え、性的満足、自立している誇り、子どもと家族
など、男に満たしたもらいたい中心的な要求は、4人がそれぞれちがいます。そのちがいをお互いに許容
して、ピンチには助け合います。
彼女たちは既成の宗教や道徳にはまったく縛られず、男の性的能力に対する要求は容赦なく、それぞれ
に自分の嗜好に素直です。自活できていますから、経済的必要から妥協する必要はありません。容姿、収
入、社会的地位、気のきいた会話など、一般に流通している恋愛アイテムには無関心でいられませんが、
それらに惑わされて自分の本音を忘れてしまうこともありません。
人の性的嗜好は多様で変りやすいものですから、性的満足による100%のカタルシスをいつまでも与
えてくれる相手は、たいてい見はてぬ夢。ひたすら敬慕をささげあう純愛も、棘のない家族の親和も、お
とぎ話だと知れ渡っているのが現在。それでも、独りであることの心の揺れを緩和してくれる相手を、何
度失敗しても求め続ける。貧困、政治、社会問題などすべて捨象し、ひたすら男女関係における女性の心
の揺らぎにだけ焦点を当てています。現代社会に生きる人である哀しさのひとつの相。そのあたりの描写
が優れているから、人気番組になったのでは。
わたしの場合、現実の人とのつながりにはもう多くを期待しない時期に来ています。彼女たちのよう
な、生々しい葛藤が身に降りかかることはこれからは多分ないでしょう。それでも、「人間」への興味は
衰えず、もっと広く、もっと深く知りたいと思っています。それがきっとわたしの生きる意欲の源。こ
の番組にはいくぶんかは、そのわたしの欲求を満たすところがあって、それで引っかかりを感じたのでし
ょう。優れた文学や映像作品は、どんな科学よりも人の心の真実に近づくことができます。