WOWOWが流しているアメリカのテレビ・ドラマ『グレーズ・アナトミー』で、こんなエピソードを見ま
した。大手術でお母さんのお腹から五つ子が取り出されますが、一人を除いて保育器から出られるまで育
つかどうか、危ぶまれる障害を抱えています。その一人を受け持たされた医学生のグレーズが、たびたび
呼吸停止に陥る赤ちゃんを生かそうと、悪戦苦闘している場面があります。朝まで持ちこたえられそうも
なく、万策尽きた思いでいるとき、ちょっとしたヒントがあって、元気な一人を同じ保育器に並べて寝か
すことを思いつきました。やってみたら効果があって危機を脱した、というものです。モデルになる例が
あるのかフィクションなのかは分かりません。ただ、脳科学関係の本だったと思いますが、新生児は月齢
の近い赤ちゃんの泣き声に敏感に反応すると、読んだことがあります。
妻が不治のガンで入院していたとき、外界のだれよりも同病の患者たちと気持ちが通じ合う、という心
境になったようでした。遺言に、香典返しはやめて、その分を新しい教育の試みに寄付するか、そうでな
ければ病院の患者さんたちのために使ってほしい、と書いています。毎日行く病院で、彼女が他の患者と
親しそうに話しているところは見ていないし、特に仲良しがいるとも聞いていませんでした。でも、事後
の挨拶に行ったとき看護婦さんから、彼女がみんなの気持ちをよく支えていたという意味のことを言われ
ました。
中井久夫の『樹をみつめて』に、「気持ちを伝えるのに言葉の力は七パーセントくらいだそうだ。」と
ありました。皮膚感覚、動作やまなざし、言葉以前の音声、匂いやフェロモンなどによるコミュニケーシ
ョンの役割は、ふつう考えられているよりずっと大きいのかもしれません。そうであれば、言葉を交わさ
ない赤ちゃんどうしや患者間で、濃いコミュニケーションが成立することもあるでしょう。
ちなみに、わたしは妻の言葉に従って、香典の100万円を病院に寄付しようとしたのですが、責任者
の人に、公立なので寄付があるとその分予算を減らされると聞かされました。そこで彼と相談のうえ、患
者さんたちの気持ちの慰めになればと、そのお金で何点かの絵画を購入してもらい、寄贈しました。いま
でもあの病院には、裏に妻の名を記した絵が飾られているのでしょうか。