ヒトにとって自然なこと

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 野付牛公園の紅葉・黄葉のなかに身を置くと、色彩に酔うような気持ちになります。この公園は人の手が加えられていますが、一万年以上前に北海道でくらしていた新石器人もこの季節、手つかずの山や森のあちこちで似たような体験をしたのだろうと思います。
 
 青森県の山内丸山遺跡からは栗や豆類が栽培されていた痕跡が見つかっています。いまから6千年ほど前に日本列島にも農業があったのです。氷河期が終わりに近づき、気候が温暖化したのは1万5千年前くらいから。栽培や飼育を1万5千年を超えてさかのぼることはできないでしょう。ホモ・サピエンス(ネアンデルタール人と現生人類)がホモ・エレクトスから分岐してからだけでも、ヒトは数十万年間は狩漁採取でくらしてきました。最初の産業である農業は、人類史の時間スケールで見れば、ごく最近始まったばかりです。しかも2・3百年前までは、産業化が進んだ都市に住む人は一握りで、人類の大部分は狩漁採取で、あるいは狩漁採取と農業の併用でくらしていました。
 ヒトのような大型哺乳類では体の進化がおきる時間スケールは20万年程度でしょうか。どんなに短くても1万年とか数百年とかではありません。わたしたちは狩漁採取に適応した身体をもっていることになります。いま先進国では大半の人が都市に住み、世界全体でも都市人口が急速に拡大しています。狩漁採取に適応した身体で、産業文明に囲まれてくらす。このミスマッチからは、当然ストレスが生まれます。
 わたしは少年期の山村ぐらしの記憶があり、いまは比較的自然が豊かな道東に住んでいます。だから自分のなかのこのストレスに気づきました。都会に生まれて、人工的な環境に自分を合わせようと、無意識にずっと努力しながら育つと、身体の自然性の抑圧を意識しなくなります。存在するのに気づかないストレスは、ときには思いもよらない形をとって現れて、人を奇妙な行動に駆り立てます。世界の貧困や格差の解決は、それだけでは、自然な身体と人工的な環境のミスマッチをなくすことにはなりません。
 自然経済が支えることのできる世界人口は、多くても千万人の単位でしょう。工業化以前の農業が支えることのできる限度は、10億人程度と思われます。ここ2・3百年の経済近代化の結果、現在の人口は64億人を超えました。文明崩壊による大量死滅でもなければ、自然経済に戻ることはできません。もし戻ったとしたら、かつてのように、多くの子どもが大人になるまで育つことがなく、平均寿命は20歳台ということになります。
 後戻りできないのだから、最小限の加工で自然物が経済的価値をもつようにする工夫が必要です。都会と田舎、経済先進国と途上国が、均質化するのではなく、差異を保存したまま融合するような方向で、貧困と格差を解決する工夫です。そのためには、欧米的な近代思想が切り捨ててきた価値観から何かを、復興させる必要があるのでしょう。経済の情報化はその可能性をはらんでいると思います。