科学ではない科学番組
そう考えたら、この番組が、哺乳類の進化についての特定の考え方に、視聴者を誘導する目的で作られている、と思えてきた。ある生物種がある方向に進化した理由の説明は、一筋縄でいかない。進化は、確率論的なさまざまな偶然と、環境変化のタイミングとの、相互作用の結果であって、目的論的に進むものではないからだ。哺乳類は「ヒトになるため」あるいは「ヒトを生み出すため」に進化したのではない。
思い返せば温暖化問題の番組でもそうだった。主流の意見に対する異論の中身はまったく報道していなかった。人間活動による二酸化炭素排出が温暖化を招いた、温暖化によって人類は危機に直面する、という結論がまずあって、視聴者をその結論に誘導するように作られていた。この二つの命題のどちらも、仮説ではあっても証明されているわけではない。科学が魅力的なのは、仮説とその根拠が提示され、根拠が検証され、反証が出され、実験、観察、論理で決着がつけられるからだ。多数決や人々の好みは問題ではない。
科学番組なら、証明されていることと未解決な課題とを区別して、対立がある点については両論が提示する根拠を報道し、視聴者が自分で考え、自分で結論を出すように促すべきだ。作り方しだいで、そのほうがずっと刺激的な番組になる。そうしないで誘導的な作り方をするのは、視聴者を馬鹿にしているからだ。「あんたら、複雑な問題はわかんないだろう。オレたちが考えて結論を出し、単純化してみせてやるよ。これならあんたらにもわかるだろう。」という精神で作っている。学校の先生にも、よくこういう人がいるけど゛、いやだよね。
今日の写真は小清水原生花園から網走港方面を見たものと、エゾスカシユリです。7月はじめのもの。